仕事・人生
老舗和菓子屋に吹いた新たな風 “歴女”執行役員がつなぐ歴史のバトン
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「くず餅乳酸菌」や大人気アニメとのコラボで話題の船橋屋・佐藤恭子さん
さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットライトを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。今回は東京・亀戸で216年続く、くず餅の老舗「船橋屋」で30代ながら執行役員・企画本部長の肩書きを持つ佐藤恭子さんの後編です。創造性と先見性に富んだ8代目・渡辺雅司社長が示す方向性を、具体的な企画に落とし込み、実現させながら社内に新風を吹き込んでいます。最近では一世を風靡した大人気アニメのデザイン商品を開発。老舗ながら変化を厭わない企業理念、自分らしさを生かすためのヒントとは。
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業務の傍ら“歴女”として船橋屋の歴史研究も
江戸時代から続く老舗の味は西郷隆盛や芥川龍之介、永井荷風、吉川英治といった著名人にも愛されました。亀戸天神前本店の喫茶ルームには、吉川英治が墨書でしたためた大看板が掲げられています。
執行役員という業務の傍ら、“歴女”として船橋屋の歴史研究にも勤しんでいる佐藤さん。「芥川龍之介の研究をしていたら『船橋屋』と記された自筆の草稿を見つけたんです!」と嬉々とした表情で語ります。
「正直くず餅は派手ではないし、今で言う“映える”とは逆のもの。それでも216年も続く魅力とは心に訴えかけるおいしさであり、ストーリーだと思うんです。そうした部分を文豪が残した文章を見ながら研究したり、実際に文豪が来たというエビデンスを探したり。語り継がれるエピソードだけではなく、芥川龍之介なら『本所両国』という作品で船橋屋について書いている、と知っておくことも必ず役立ちますから」
歴史に限らず、元々何かを調べたり研究したりすることが得意。船橋屋の入社面接には全店舗を回った調査レポートを持ち込み、広尾(渋谷区)のカフェ併設店オープン準備の際は土地勘のない街を知るため休日に競合カフェめぐりをしました。「自分の知識のなさが本当にひどくて」と笑いながら謙遜しますが、その根本にあるのは「負けず嫌い」と「知りたいと思う好奇心」です。
「就職活動の集団面接で、船橋屋の販売員になったつもりで接客するという課題がありました。でも、中学から大学までの10年間バスケットボールばかりしていた私は、アルバイト経験がほぼない。他の4人は『大学時代にバイトを頑張りました』という人たちで焦りましたね。そこで『芋羊羹をください』と言われたので『当店にはございません』と答えたら、面接官に『意地悪だな(笑)』と言われ『やっちゃった……』と。この社会経験の差を埋めるため、全店舗を回って企業を知り尽くすことにしたんです。負けず嫌いなので(笑)」
仕事としてやらなければいけない時は価値観を変える
入社後、さまざまな新規事業開発を任されると、今度は「いつもぶつかるのが“知識のなさ”という壁」だと気付きます。開店準備であれば商品開発者やデザイナーなどのプロに任せたり頼ったりすることもできますが、「全部教えてもらうより自分で調べてから教えてもらった方が理解は早いですから」。それを実践したのが、広尾の競合店調査でした。
「調べて知る」を積み上げる作業は、バスケットボール部で日々練習を重ねたことに似ているのかもしれません。「目標達成のための思考もスポーツが基本ですね。チームとして結果を出すには仲間とのコミュニケーション、プラス何が必要なのか。そこは今も勉強しています」といいます。
百貨店売り場での販売、新店舗開店準備、通販サイト立ち上げ、新卒採用担当など、これまで担当した業務の中には苦手なものもありました。それでも「自分らしさ」を失わず、むしろ「自分らしさ」を出せる場に変えてしまった佐藤さん。そこにはどんなコツがあるのでしょうか。
「基本的に苦痛だと感じることはやりません。でも、仕事としてやらなければいけない時は、価値観を変えています。私は末っ子なので、自分より若い人たちと接する新卒採用担当は好きになれない仕事でした。“人を採用する”という言葉も好きじゃなくて、まったく気乗りがしない。そこで『これは採用ではなく、船橋屋の魅力を若年層に伝える広報活動だ』と発想を切り替えました。苦手なことでも何のために経験するのか考えると、自分の成長のチャンスも含め、違う価値観が見えてくると思います」