カルチャー
ただの“不倫モノ”にしない黒木華の演技力 夫婦とは何かを考えさせる漫画家夫婦の物語
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樹木希林さんも評価「しなやかで若さのある黒木さんなら」
黒木の最新作『先生、私の隣に座っていただけませんか?』の堀江監督は、キャスティング理由をこう語る。
「現実世界のどこかで生きていそうな人間をすごくリアルに演じられる一方で、『重版出来!』、『凪のお暇』(2019・TBS)など振り切ったキャラクターのお芝居もできる器用な方。佐和子を、『こういう女性いるな』と観客が実感でき、足が地についたキャラクターとして見せたくて黒木さんにオファーしました」と。「同じ芝居を繰り返し演じても、その度に新鮮に演じることができる人」なのだそう。
何度、同じ場面を演じても人を感動させることができるのは、“演じること”の根幹を舞台で培ったからかもしれない。でも黒木の場合、技術によるものだけでないように思う。
大きく寄与しているのはたぶん人間性だ。『日日是好日』(2018)で共演した故・樹木希林さんは、出演を決めた理由をこう語っている。「しなやかで若さのある黒木さんなら、森下(典子)さんの原作がいい映画になるかなあという思いはありました」。安直に人を褒めない樹木さんの重みのある言葉。
「自分を語ることには興味がない」自己顕示欲のなさが魅力にも
「自分を語ることには興味がない」という黒木から自己顕示欲は感じられない。言うならば“演じる”という表現に愚直なまでに取り組む“アーティスト”。でも観客と距離を置くことはない。むしろ全力でそこにいる空気をまとい続けようとする。
黒木は言う。「役を演じ、その物語を見せることで、観てくださる方を勇気付け、感動を味わってもらいたい」と。それが伝わるから、映画で、ドラマで、舞台で、彼女を見るとホッとするのだ。ずっと見ていたいと思うのだ。
だが、俳優の仕事は役をもらってはじめて成り立つもの。黒木は9月5日まで、オーチャードホールの舞台DISCOVER WORLD THEATRE vol.11『ウェンディ&ピーターパン』でウェンディを演じていたが、昨年は舞台『桜の園』の中止、『ケンジトシ』の延期を経験した。「このままだったら何を仕事にしていけばいいのか、自分の存在意義を考えた」とも語っている。
ネガティブモードに陥った時、黒木は「人と話すようにしている」と語る。コロナ禍の今、人とたわいない話をするハードルすら高くなっている。でもだからこそ話すことは大切であり、1人で思い詰めてしまうような状況から脱する術が必要なのだ。恐怖を味わいながら、笑える映画を観るのでもいい。これは私たち誰にでも当てはまることだ。
遺憾なく発揮される黒木の表現力を堪能できる作品
話がそれてしまったが、『先生、私の隣に座っていただけませんか?』は、同じ仕事に就く夫婦のどちらかが自信を失ったことで起きる関係性崩壊の物語だ。俊夫の不倫は夫婦間で失われた自身の価値を、別な相手に承認してもらうための行為ともいえる。
では、佐和子はどうすればいいのか? 自分を偽り、俊夫の自尊欲求を満たすようにすればいいのか? その前に不倫関係はどうするのか? そこに愛はあるのか? いや、そもそも夫婦とは何か? そんな根源的な疑問を、恐怖と笑いとともに考えさせる教材としても本作は有用だ。
佐和子は不倫の成り行きを漫画としてリアルに描き、俊夫が読むように仕向ける。その中では、当て付けのように佐和子と自動車教習所の教官の恋も始まる……。俊夫の側から読めばサスペンスかホラーだ。
だが、その合間には怪我をした母の介護の話や、同業者の夫を持つ佐和子の思いが綴られ、現代を描くヒューマンドラマにもなる。それを黒木が、時に目に涙を溜めて頬を真っ赤にしながら、時に企みをたたえた目をしながら演じている。
俊夫を振り回しているのか、それとも振り回されているのか、私たちは最後まで揺さぶられ続ける。遺憾なく発揮される黒木の表現力を、堪能できる作品なのだ。
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』9月10日(金)より新宿ピカデリー他全国公開 配給:ハピネットファントム・スタジオ (c)2021『先生、私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。