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大久保佳代子の泰然自若感は一体どこから 出演映画で見せた“ダメな大人のかわいらしさ”
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奔放な数学教師役を好演 泰然自若感がかぶる
この部分は『浜の朝日の嘘つきどもと』の田中先生とも共通するように思う。とっかえひっかえ男を変えるが、来るものは拒まず、去る者は追わず。でも決して愛がないわけではない。深く愛するあまり「身代わり出頭」までしてあげる。
さすがにこれは映画の話だが、ぴあアプリで連載中のブログ「人生そろばん」では、「実際に20代の頃経験したことがある」と告白していた。“私にはそんなイメージがあるみたいね”としながら、“よく考えたら本当にしていました”と笑いのオチにする。この泰然自若感が、あさひが後に言う「生徒に絶大な人気があった」田中先生のキャラクターにぴったりなのだ。
タナダ監督は大久保のキャスティング理由についてこんなふうに語っている。「大久保さんなら、ダメな大人の憎めないかわいらしさや、いざという時はあさひに大人として対応できる愛情の深さも表現できるのでは」と。
残念ながらテレビではあまり見ることができない大久保の“素に近い部分”を、図らずも映画で観たような気がした。いや、もちろん映画。大久保は与えられた役を演じているだけなのだが。
映画館の話だけに多くの映画タイトルが登場する作品
ちなみに『浜の朝日の嘘つきどもと』は、福島県南相馬市に実在する1923 年創業の映画館「朝日座」が舞台となる。
大久保が演じる教師の田中茉莉子は、映画好きにすることで迷える高校生のあさひを救い、やがてあさひは朝日座を救おうとする。正確に言うと「あの時のあの場所で観たものが、もう少し頑張ろうと思わせた」という台詞があるように、あさひを救うのは「映画館の暗闇」と「映画の残像現象」だ。
劇中では「残像現象」という言葉が使われるが、それは網膜に焼き付いた1カットを表す“残像効果”ではなく、観る者の心を動かし、もう少し頑張ってみようと思わせる1シーンを指すのだろう。
「朝日座」の支配人・森田保造(柳家喬太郎)がプログラムした奇妙な2本立てが若き日の田中茉莉子を憤らせる。それがすべての発端となるのだが、その時上映された映画は、何とジャコ=ヴァン・ドルマルの『トト・ザ・ヒーロー』(1991)と『怪奇!!幽霊スナック殴り込み!』(2006)。田中先生はそのぶっ飛んだ組み合わせに怒りながら、『トト・ザ・ヒーロー』に残像現象を得たのだろう。今があるのはあの時、あの映画を観たおかげ。「もう少し頑張ろう」と思えたからだ。
実は『トト・ザ・ヒーロー』に残像現象を得たのは筆者も同じ。グッと『浜の朝日の嘘つきどもと』を身近に感じられた瞬間だった。映画館の話だけに他にも多くの映画のタイトルが登場する。本作のみならず、その映画も楽しんでいただけると世界が膨大に広がり、より楽しめることをお約束する。
『浜の朝日の嘘つきどもと』 絶賛公開中 配給:ポニーキャニオン (c) 2021 映画『浜の朝日の嘘つきどもと』製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。