インタビュー

クラフトビール造りに飛び込んだ女性 醸造所を「地域に欠かせない場所」にするためには

著者:Hint-Pot編集部・出口 夏奈子

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オリジナルグラスに定番の「ふたこエール」を注ぐ市原尚子さん【写真:荒川祐史】
オリジナルグラスに定番の「ふたこエール」を注ぐ市原尚子さん【写真:荒川祐史】

 さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。今回は、二子玉川(東京都世田谷区)でクラフトビールが楽しめる「ふたこビール醸造所」を経営する市原尚子さんの後編です。自身も約20年間暮らす二子玉川で、話題の“新名所”になっているこの醸造所。地元の人たちの憩いの場としても存在する意義、そしてコロナ禍で苦境に立たされながら考える“地域に根差す醸造所”の未来とは。

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自問自答を続けた20代を経て行き着いたビール造り

 大学卒業後、新聞社で働いていた市原さんでしたが、20代の頃は陶芸家になりたかったといいます。向いているわけでも、センスがあるわけでもなかったといいますが、海のそばに住みたかったことから「小説家、陶芸家、鎌倉彫刻作家かなと考えて、陶芸家になりたい」と思い、芸大の願書を取り寄せたそうです。

 ですが、「何年学校に行ったら気が済むの? 働いてください」と両親からとがめられたことで就職を選択しました。しかし、新聞社勤務で充実した毎日を送りつつ多忙を極める一方、「このまま人生を終えてしまっていいのか? 陶芸家の夢は?」と自答し、「陶芸家にならなきゃ」と退職。山にこもって陶芸家の道へ進みましたが、現実はそう簡単ではありませんでした。

「一から自分で築窯するのはとても大変なこと。かたや、窯元に生まれ継ぎたくないと言っている人もいる。宿命や目の前にある与えられた環境を受け入れることも人生を楽しむ上で必要だと思いました」

 その後は陶芸教室で教えたり、編集の仕事をしたり、「いくつか悪あがき大作戦をした(笑)」あとで会社員に復帰。そして、現在のクラフトビール造りを始めました。

「すべてが大変だった」というビール造りも人生を楽しむ要素の一つ。笑顔を絶やさない市原さん【写真:荒川祐史】
「すべてが大変だった」というビール造りも人生を楽しむ要素の一つ。笑顔を絶やさない市原さん【写真:荒川祐史】

 ビール造りで大変だったことは「初心者なので全部!」ですが、造ることに必死で、造ったあとのことを考えていませんでした。自分たちで飲み切れないぐらい大量のビールができたことで、「これどうしよう? 売らないと!」と気づいたといいます。

 当時、醸造所の近所にあったビアパブに置いてもらうことで難を逃れましたが、造ったあとのことを想定していなかったぐらい「ビジネスモデルや事業計画もなくて、ひどかった(苦笑)」とか。

 そんな状態からスタートしたクラフトビール造りは当初、工場でビールを造らせてもらい、それを買い取った上で卸販売するというスタイルで行っていました。ですが、自分たちの場所、「『いつでもここで飲めます』という基地や自分たちの醸造所が欲しかった」そうです。

 とはいえ、二子玉川は都内屈指の住宅地。醸造所に適した場所はなかなか見つかりませんでした。何年もかかってようやく手にした自分たちの基地。2018年11月に地元・二子玉川に「ふたこビール醸造所」をオープンさせました。