Hint-Pot | ヒントポット ―くらしがきらめく ヒントのギフト―

仕事・人生

クラフトビール造りに飛び込んだ女性 醸造所を「地域に欠かせない場所」にするためには

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部・出口 夏奈子

「ふたこビール醸造所」の存在意義は「街の人に愛される場所でありたい」

 醸造所オープン後は、ビールがあるところに人が集まってくることを実感した市原さん。

「醸造所が軌道に乗り始めてから感じたのは、ビールがあるところに人が寄ってきて、それが普段の景色をまた別の景色にしてくれることです。最初はお店がなかったので、街の風景の中でビールを飲むことをやりたかった。例えばビアガーデンを公園、玉川高島屋の屋上とか、この街の中でやりたいと考えました」

店内にはビールが醸造される大きなタンクなどが並び、二子玉川のド真ん中とは思えない設備を備える【写真:荒川祐史】
店内にはビールが醸造される大きなタンクなどが並び、二子玉川のド真ん中とは思えない設備を備える【写真:荒川祐史】

 そして多摩川の河川敷でビアガーデンを開催しました。準備は大変で、終わったあとに1週間寝込むほど体はボロボロだったそうですが、「ビールがある景色を見る度に新たな人流や交流が生まれて、『何かすごいな』と思うようになった」と振り返ります。

「河川敷って、いつ行っても川があって、緑があって、それだけですごくいい風景なんですよね。けど、そこにビールとそれを飲みながらくつろぐ人が追加されると、また新たな景色が作り出される。ビールがあることでいろんな景色が生まれていくことが、すごく楽しみになってきたんです」

コロナ禍で試行錯誤の日々に…「地域に欠かせない場所」であるためには

 しかし昨年からのコロナ禍により、まん延防止等重点措置に伴う酒類の提供停止“禁酒令”が出たことで状況は一変しました。ビールを造っても提供することができないのです。

 捨てるわけにもいかないので、ビール用のタンブラーを急遽制作して販売したり、ビールの瓶詰めを手作業で行ったり、試行錯誤の日々。普段はのんきだという市原さんも、「これはピンチだな。どうしよう」と頭を悩ませたといいます。

「20時までなら提供できた時には早めに飲みにきてくださるお客様もいたんですが、完全にお酒が禁止になってしまうと、もうどうしようもないですね。この場所で造って、この場所で飲んでもらうことが『ふたこビール醸造所』の売りなので、持ち帰りになってしまうのは本当に残念でしたが、ビール専用のタンブラーをオリジナルで制作して、ビールの量り売りを始めました」

慣れた手つきでビールを注ぐ市原さん。現在はビールのテイクアウトのみ【写真:荒川祐史】
慣れた手つきでビールを注ぐ市原さん。現在はビールのテイクアウトのみ【写真:荒川祐史】

 今現在も、アフターコロナは見えていません。そんな中、市原さんは次の一手を考えています。「街にビール以外に何があったらいいかな」と考えて思いついたのが、ビールを造る時に大量にできる麦カスを利用したパン作り。地方では麦カスを牛の飼料や畑の肥料に再利用しますが、東京での再利用は難しいとか。そこで麦カスを粉にしてパンを作り、地域循環やフードロスの改善にもつなげようというのです。

 すべては一つにつながっている。「すべての体験は一つも無駄じゃなかった」と市原さんは考えています。

「ビールを造り始めてから出会えたり、知ったりしたことが非常に多いんです。会社員だと知り合う範囲がだいぶ決まってきちゃうので、ビール造りを始めていなかったら出会えなかった人、知らなかったまま。そういう広がりも、宝だなと思っています」

現在はテイクアウトの他、オンラインショップでの購入可能。家飲みを楽しんでみては?【写真:荒川祐史】
現在はテイクアウトの他、オンラインショップでの購入可能。家飲みを楽しんでみては?【写真:荒川祐史】

 とても生き生きとしている市原さんから後悔は感じられません。「今は楽しいけど、せっかく始めたので絶対にぶれたくない」と前置きした上で、「次の世代に引き継いでもらえるようなもの、この街にずっとあり続けられるようなものを形作って引き渡すことが、私の役目だと思っています」と口にしました。

「ふたこビール醸造所」の存在が「地域に欠かせない場所でありたい。人がつながる場所、街の人に愛される場所でありたい」。そんな思いを込めながら、これからも東京の住宅街でクラフトビールを造り続けます。

◇市原尚子(いちはら・なおこ)
香川県出身。大学進学を機に上京。二子玉川(東京都世田谷区)でクラフトビールの製造・販売・卸業を行う「株式会社ふたこ麦麦公社」の代表取締役社長。2015年に「ふたこ麦麦公社」を設立し、2018年11月末には二子玉川駅(東急田園都市線)の近くに念願の「ふたこビール醸造所」をオープン。現在は地元民にとって憩いの場所になっている。自身も二子玉川に約20年間在住。

(Hint-Pot編集部・出口 夏奈子)