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中谷美紀が“演じるべくして演じた”女性総理 45歳の今だからこそ違和感がない理由とは

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

今日的なモチーフ“女性総理大臣” 役作りの参考にした人物は?

内閣広報担当の富士宮あやか(貫地谷しほり)と凜子の夫・相馬日和(田中圭)(c)2021「総理の夫」製作委員会
内閣広報担当の富士宮あやか(貫地谷しほり)と凜子の夫・相馬日和(田中圭)(c)2021「総理の夫」製作委員会

 そんな中谷が演じたヒューマンコメディ『総理の夫』。原田マハ原作の同名小説を、堤幸彦監督『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』(2000)の助監督として中谷と接点のある河合勇人が監督を務める。

 演じるのは、直進党党首として連立与党を組み、初の女性総理大臣となった相馬凛子。「ソウマグローバル」の次男でタンチョウヅルの研究者、相馬日和(田中圭)を夫に持つ。撮影は2020年の秋に行われたが、公開を控えた今、偶然にも女性総理大臣というモチーフが今日的な映画となっている。

 2021年の日本のジェンダーギャップ指数は156か国中120位。G7で100位圏内に入っていないのは日本だけ。そんな中で女性総理大臣を現実的に着地させるために参考にしたのは、第8代国連難民高等弁務官の緒方貞子さん。感情で話すことのないようアンガーマネジメントには気を配ったのだという。

 話し方にも気を付けた。劇中、相馬凛子には演説を行うシーンが何度もある。その演説のトーンの美しさ。「私には夢がある」と語ったマーティン・ルーサー・キング牧師、「自由という素晴らしい贈り物を、未来の世代に届けたい」と語ったバラク・オバマ元米大統領など有名な演説があるが、相馬凛子の演説も“説得力”があった。

 優しく、力強く、心に届く言葉。中谷がこの役を演じることになった大きな要素に、この声の良さがあるのではないかと思った。

総理大臣にふさわしい人物としてそこに存在するからこその物語

 中谷は2018年にドイツ出身のビオラ奏者ティロ・フェヒナー氏と国際結婚し、日本とオーストリアを行き来している。その結婚は、夫婦別姓で結婚指輪もなし。家事はイーブンに行い、「もっとこうしてくれたらいいのに」と過剰な期待もしない。結婚して得たのは、「人生は楽しむためにあるもので、仕事のために人生が犠牲になってはならない」という考え方だと語っている。

『総理の夫』では、凛子が総理大臣になったことで夫・日和の研究に支障が出るなど夫婦間にさまざまな問題が起きる。そうした問題は誰にでも起こりそうなものなのだが、総理大臣夫婦であることが問題の本質を際立たせているのが面白く、またその本質をシンプルに見せる。改めて「家庭生活でイーブンであるためにはどうしたらいいのか」と考えさせる興味深い作品だ。

 そういった人生の機微を“国家レベル”に置き換え、観る者を泣き笑いさせることに、凛子の夫として日本初のファーストジェントルマンとなる日和役の田中圭、「ソウマグローバル」の会長で嫁らしくない凛子に嫌みを言う現実主義な日和の母・崇子役の余貴美子、凛子の秘書でシングルマザーの富士宮あやかを演じる貫地谷しほりら芸達者な俳優陣が貢献する。

 日和が告げたプロポーズの言葉「君を幸せにする力はないかもしれないけど、一緒に幸せになる自信はある」はどんな時も凛子を支え続ける。また、複雑に見える事象をシンプルに整理する崇子の俯瞰力は皆に気付きをもたらし、ファーストジェントルマンの立場に慣れずオロオロする日和を叱咤する富士宮のツッコミは、改めてジェンダーの問題を考えさせる。

 そんな物語が違和感なく展開するのも、中谷の演じる凛子が総理大臣にふさわしい人物としてそこに存在するからこそ。帰宅後に日和と交わす会話は甘いが、連立政権のパートナーで政界のドン・原九郎(岸部一徳)とのやりとりはシビア。送り込まれる刺客とも逃げずに対峙する凛子は魅力的だ。

 ある演説場面で聴衆から拍手が起きる場面がある。もちろんエキストラとなった聴衆が、そこで拍手をするように伝えられたからなのだが、自然に起きたように感じられる。中谷の魅力、演説が思わずエキストラの方々に拍手をさせてしまったのではないかと。

 総理大臣を演じて違和感がない、いや応援したくなる俳優なんてそう多くはないのではないか。この年齢の中谷が演じるべくして演じた作品なのだと思う。

 
『総理の夫』全国ロードショー公開中 配給:東映・日活 (c)2021「総理の夫」製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。