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石原さとみが奔放な再婚相手役 転機で得た“哲学”が際立つ『そして、バトンは渡された』

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

2010年と2017年に迎えた転機 出演作品の中で際立った進化

(c)2021 映画「そして、バトンは渡された」製作委員会
(c)2021 映画「そして、バトンは渡された」製作委員会

 石原さとみは、2002年の第27回ホリプロタレントスカウトキャラバン「ピュアガール2002」でグランプリを受賞し、15歳でデビューした。

 当時は“山口百恵の再来”などと言われ、一方的にそのイメージを押し付けられたきらいもある。実際、2005年に山口百恵、三浦友和のドラマ初共演作となった大ヒット作「赤い疑惑」(TBS)のリメイクに主演した。山口が引退した年にまだ産まれてもいなかった石原に、その影を負わせるのは気の毒だったかもしれない。

 そんな石原が自分を見つめ直すことができたのは2010年、米ニューヨークに1か月間の旅をしたからだそう。考える間もなく走り続けていた23歳の石原は、マンハッタンで“深呼吸”することで、これまで得ることができなかった「考える時間」を手に入れた。そこで石原は「素の自分」とそれを獲得する術を自ら見つけた。それを見つけるまではどんなにつらかっただろうと思う。

 同様の機会はデビュー15周年、30歳を記念したベストセラー写真集「encourage」(宝島社刊)でも得られたと思われる。撮影で訪れたキューバでの生活と、自分を振り返ることになったロングインタビューは、前に進むための原動力になったようだ。

 2010年と2017年に転機が訪れていた石原の進化は、その出演作品の中で際立つ。「失恋ショコラティエ」(2014・フジテレビ系)、「ディア・シスター」(2014・フジテレビ系)、「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」(2016・日本テレビ系)、「アンナチュラル」(2018・TBS系)、「高嶺の花」(2018・日本テレビ系)、「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」(2020・フジテレビ系)、「恋はDeepに」(2021・日本テレビ系)は、石原が演じたことで空気感に変化があった作品といえるだろう。

 俳優が表現するには衆人の前に立たなければならない。注視されることのない私たちでも雑踏に立てば気が疲れるもの。注目の中であったら、それはいかほどのものだろう。それが仕事と言えばその通り。演技を続けるには強い精神力が必要となる。だからこそ石原にはその中で立ち続けるための“哲学”を見つける旅が必要だったのだ。

演じた役が持つ素の自分で接する才能 石原自身が獲得したものとも相似

『そして、バトンは渡された』の梨花が持つ、誰の圧力にもぶれない哲学、素の自分で接する才能は、石原が獲得したものとよく似ている。俳優という仕事は、自分でないものを演じながらも、一個の人間の中にある要素も放出せざるを得ない。そうでなければその人が演じる意味はない。

 再婚を繰り返す梨花だが、実際はシングルマザーである時間も多く過ごす。お金がないことをほのめかすシビアなセリフもあるが、梨花はそんな状況すら楽しむ人として描かれる。そこが愛おしい。

 みぃたんはそういう家計の状態を感じ取っている。その上でどう生きていくことがベターなのかを学ぶ。そして媚びを売ることも、へつらうこともなく、伸びやかに成長していく。梨花直伝の“素の自分で接する才能”のおかげだろう。

 自分を持った上で、壁を取り払うことでつながれる関係性。梨花の3度の結婚はこの映画のサスペンスの要素にもなっているので詳細に話すことは控えたい。梨花の艶やかな人生を楽しむことができ、またその哲学のぶれなさが号泣案件でもある作品だ。

 
『そして、バトンは渡された』2021年10月29日 全国ロードショー公開 配給:ワーナー・ブラザース映画 (c)2021 映画「そして、バトンは渡された」製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。