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美しき“小悪魔”から寛容を願う母へ…加賀まりこの人生を刻み付けた映画『梅切らぬバカ』

著者:関口 裕子

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(c)2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
(c)2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト

 今年の12月で78歳を迎える加賀まりこさん。近頃はテレビや雑誌などで私生活を語り、大きな注目を集めています。加賀さんを長く見ているファンにとって、変わらない魅力といえばその率直さ。強い意志と自己肯定感、そして周囲への思いにあふれた言葉の数々は、加賀さんを今も輝かせていると言えるでしょう。そんな加賀さんが歩んだ人生は、映画出演最新作『梅切らぬバカ』にも色濃く反映されているようです。映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。

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不寛容に悩む人々へ解決に向けてのヒントを明示する映画

 不寛容な時代と言われる。弱さを嫌う。多様であることを許さない。弱みを抱える人をヒステリックなまでに叩く。足をすくう。

 コロナ禍での生活で、精神的、経済的なストレスを抱えることが増えた。そのストレスは自信を喪失させ、体調を壊すなど心身に影響を及ぼす。ともすれば自分自身が崩壊しかねない状況。他者を配慮する余裕はない。もしかすると、不寛容は一種の自己防衛的な措置なのかもしれない。でも、このままでいいのか?

 加賀まりこが塚地武雅(ドランクドラゴン)とダブル主演を務める和島香太郎監督の『梅切らぬバカ』は、そんな不寛容に悩む人々へ、解決に向けてのヒントを明示する映画なのかもしれない。

 道路側に大きくはみ出す梅の木のある古い家で、自閉症の息子・ちゅうさん(塚地)と、占い業を営みながら慎ましやかに暮らす母親・珠子(加賀)。ちゅうさんの物事への強いこだわりや、突発的なことへのリアクションは、時に周囲の人々を驚かせ、怯えさせる問題になることもあるが、概ね2人は幸せに暮らしてきた。ただ息子が50回目の誕生日を迎えた時、珠子はその行く末を案じざるを得なくなる。

 珠子を演じる加賀まりこは、この映画を身近に感じる生活を実際に送っている。演出家であるパートナーと59歳の時から事実婚を続け、自閉症を抱える彼の息子をともに育てていることを明らかにしている。

 もちろん脚本の良し悪し、出演条件など、プロの俳優としてオファーを受けるポイントをクリアした上ではあるが、加賀がこの役に臨んだ一つの理由として自身も“家族”として“自閉症”と向き合っていることがあるという。「障害を持つ子の親の役ならば、助けともなると考えました」と語っている。

20歳で日本を出て仏パリへ 意志と自己肯定感の強さは姉譲り

 加賀まりこを俳優の道へと誘ったのは、監督の篠田正浩と脚本家の寺山修司だ。『涙を、獅子のたて髪に』(1962)の藤木孝の相手役が決まらず困っていた篠田監督と寺山は、神楽坂の自宅近くを歩いていた17歳の加賀をスカウトした。

 高校生の時から六本木で遊び、1960年創業の老舗イタリアンレストラン「キャンティ」にはオープンから通っていた加賀。作曲家の黛敏郎や建築家の丹下健三、作家の三島由紀夫らとも面識があったという。スチール写真に写る当時の加賀は、幼くもあか抜け、見る者を惹き付けて離さない魅力を放つ。一般人とはいえ、篠田監督と寺山が関心を寄せたのもうなずける。

 そんな加賀はよく“小悪魔”と形容された。確かに篠田正浩監督『乾いた花』(1964)、中平康監督『月曜日のユカ』(1964)に出演した時の容姿は、仏女優ブリジット・バルドーや『ティファニーで朝食を』(1961)の英女優オードリー・ヘプバーンを彷彿とさせる。いや、それ以上かもしれない。そう感じさせるのは、加賀自身が“内包する”物語性だ。

 私は作品の世界を闊歩する加賀に、演じるヒロインのような無知さや弱さは感じなかった。むしろその裏に秘められた怒りや懐疑心が、いつ鎌首をもたげたヘビのように飛び出してくるのだろうと思っていた。彼女が流れに身を任せているのは真実に近づくためなのだ。そんな気がしてならなかった。

 当時、大変な人気を誇った加賀。だが、自身が人気などというものの対象であることに価値を見出さなかったのだろう。20歳になったある日、半年先の仕事をキャンセルして、俳優業で稼いだ“あぶく銭”を使い切ろうと仏パリで一人暮らしを始める。1964年。奇しくも東京では、日本国民の多くが注目し、テレビを爆発的に普及させた、東京五輪が開催されていた。加賀はそれに躊躇することなく異国の地に飛んだ。

 意志と自己肯定感の強さは姉譲りなのだそう。加賀は13歳年上の姉を持つ。まだ女子学生が珍しかった時代の商学部で学び、ラジオ局に勤め、精力的に労組活動を行い、パートナーとは籍を入れず、哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールとジャン=ポール・サルトルのように暮らした姉。彼女の影響もあるだろうが、元々素養があったのだと思う。