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仕事・人生

夫の赴任先で絶望…一念発起して税理士になった主婦の思い「自分を助けるのは自分だけ」

公開日:  /  更新日:

著者:柳田 通斉

岐阜で一変した生活「床の下に沈んでいく恐ろしい感覚」

29歳で税理士資格取得を決意
29歳で税理士資格取得を決意

「岐阜に行くと生活が一変しました。仕事もない。友達もいない。『何でこんな生活をしないといけないの』と嘆いていました。狭い社宅で一日中ダラダラ時間を過ごしていると突然、自分がズブズブと床の下に沈んでいく恐ろしい感覚にとらわれたんです。そして、その時に気付いたのです。『自分を助けられるのは自分だけ。誰も助けてくれないし、夫の転勤を理由に働けないなんてただの言い訳だ』と」

 夫が転勤族のため、「手に職をつけて、どこに行っても働けるようになろう」と考えた板倉さんは資格の本を書店で購入。熟読の上、税理士を目指すことにしました。

「子どもの頃にそろばんを習っていて数字が好きだったし、頑張れば手が届きそうと思えて税理士に決めました。また、税理士はコンサルト業務も行うと本に書いてあり、習得した知識で人の役に立つ仕事をしたいという願望にも一致していました」

大原簿記学校に入学で目標設定「岐阜にいる間に絶対合格」

 当時29歳の板倉さんはすぐに動きました。岐阜からほど近い名古屋市の大原簿記学校に入学手続きを取り、「岐阜にいる間に絶対合格」と目標を設定。税理士になることは働くための手段であり、「次の転勤地では働ける状態にしたかった」からです。転勤のサイクルは3~4年。「子どもも欲しいけど、手に職をつけてから産みたい」とも考えていました。

「(当時)高齢出産といわれた35歳に子どもを産むことを前提に32歳までに資格を取り、35歳までに実務経験を積むというプランを考えました」

夫の転勤で岐阜にいた頃の一枚【写真提供:板倉京】
夫の転勤で岐阜にいた頃の一枚【写真提供:板倉京】

 年に一度の税理士試験は科目合格制です。「会計学」に属する簿記論、財務諸表論の2科目、「税法」に属する科目(所得税法、法人税法、相続税法、消費税法または酒税法、国税徴収法、住民税または事業税、固定資産税)のうち、受験者が選択する3科目(所得税法または法人税法のいずれか1科目は、必ず選択)の計5科目。この5科目をクリアして「試験合格者」となりますが、1科目ずつ受験しても良いことになっています。

 板倉さんは「とにかく早く合格したい」の一心で、1年目は「簿記論」「財務諸表論」「相続税法」の3科目を選択しました。

「計算は思っていた通りすんなり頭に入ってきましたが、元々コツコツ勉強するのが苦手で、理論ではかなり苦戦しました。それでも、『絶対合格』の思いで1年間勉強。勉強はハードで大変でしたが、目標もなくくよくよしていた頃の不安やつらさを思えば、日々努力している方が精神的には楽だと感じていました」

 しかし、12月の発表で合格したのは「財務諸表論」の1科目のみ。板倉さんは「それなりに自信があったので、相当落ち込んだ」そうですが、すぐに切り替えて資格取得の対策を再考しました。

「残る受験期間はあと2年。『35歳までにキャリアを積んで出産』の目標は変えたくなかったからです。悩んだ結果、大学院で民法の勉強をしながら税理士資格を取得する道を選ぼうと決めました。相続税法の勉強をしている時に、税法と民法には密接な関係があり、税理士には民法の知識が不可欠だとも感じていたからです」

 当時の税理士試験では、大学院で「税法」または「会計学」に属する科目などの研究を行った人(修士論文の執筆と単位の取得)は税法の3科目を免除申請できました(2004年4月の税理士法改正で、現在は「会計学」の1科目、「税法」の1科目、合計2科目は税理士試験での合格が必要)。

 板倉さんは12月の時点で受験できる大学院を探し、入試に向けた勉強を開始。3校を受けてすべて合格し、名城大学の大学院を選択しました。

「試験は小論文で会社員時代の知識、体験を基にまとめました。入学後、法律の勉強は予想以上に難しかったのですが、とても有意義でした。家族法、財産法、会社法など、税理士の業務を行う上で今も大いに役立っています。在学2年の間に試験で簿記論にも合格し、修士課程も無事に終了することができました」

32歳で目標達成も、実務経験なしで就職活動は大苦戦

 その年の7月に夫が東京赴任となり、板倉さんは「岐阜にいる間、32歳までに税理士資格取得」の目標を達成しました。ただ、これだけでは「勉強不足」と感じ、東京に戻ってからは法人税と所得税の講義に通いながら就職活動を開始。

 しかし、採用通知を得るまでには2か月を要したそうです。大学院に通いながら、岐阜市内の会計事務所でパート勤務をしていましたが、お手伝い程度。「実務経験あり」とは言えない32歳女性は、受け入れ側にとって「いつ出産して退職するか分からない」というリスキーな存在だったのです。

「面接で『そろそろ出産されるのでしょ?』と今では訴えられそうな露骨な質問もされました。それでも、何とか従業員十数人程度の事務所に雇っていただきました。忙しい事務所で、実務は『見て盗め!』という感じ。何とか力をつけたいと目の前の仕事に必死で取り組みました。そんな中、優秀な男性職員が顧問先の経営者から『会社の番頭さん』のように、絶大な信頼を得ている姿を見て、『自分が将来こうなる姿は想像できない。私は保険や民法の知識を生かして、個人資産・相続の分野に強くなりたい』と思うようになりました」

 思い立ったらすぐに動く板倉さんは、資産税を専門に扱っている事務所に移るべく、再び就職活動を始めました。

「その時は実務経験が評価されて、すんなりと話が進みました。いくつか候補がある中、全国展開していて夫の転勤にもついていけるという条件に魅力を感じ、大手コンサルティングに行くことを決めたのです」

 ここで問題発覚。税理士資格を取得後、税理士登録するには「2年間の実務経験が必要」との規定があります。しかし、この大手コンサルティング会社は会計事務所に該当せず、「実務経験」にカウントされないことが分かったのです。このままでは「税理士」になれないため、板倉さんは新たに資産税に強い世田谷区内の会計事務所に転職するに至りました。