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米アカデミー賞発表迫る『ドライブ・マイ・カー』 霧島れいかが引き受けた“リスク”とは
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節目節目で転機となるような大切な作品と出合う霧島れいか
霧島は、ドラマや映画を観て演じることに憧れを抱き、高校3年でオーディションに挑戦。合格するも親の了解を得られず断念している。就職するが諦め切れず、モデルを3年務めた後、ドラマ「ブラザーズ」(1998・CX系)で俳優デビューを飾った。
映画は『催眠』(1999)が最初。ヒロインを演じた『運命じゃない人』(2005)では第58回カンヌ映画祭最優秀ヤング批評家賞を受賞。トラン・アン・ユン監督の『ノルウェイの森』(2010)で最初の村上春樹原作を演じており、本作が2作目の村上原作だ。
ちなみに本作でも、第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で脚本賞、国際映画批評家連盟賞、エキュメニカル審査員賞、AFCAE賞の4部門を受賞している。
霧島は、節目節目で転機となるような大切な作品と出合っている。そんな風に作品と出合える俳優はそう多くない。だが残念ながら、どの作品においても霧島の印象はやや弱い。
あるインタビューで彼女は「作品全体を観た時のことを考え、違和感のないように出すぎない、余計なものを削る。そういう作業が必要かなと思います」と語っている。自分を出すより、映画全体を考えたいということなのだろう。
これまではそうであった霧島だが、今回は別なアプローチに挑んだのではないか? 本作を受けることで、これまでにはない爪痕を、いったん気になったらどうにも忘れられない爪痕を残そうと。
音が“作り込まれたもの”と演出された理由を考える
家福は演劇祭の方針でドライバーとして雇った渡利みさき(三浦透子)と共鳴してから、少しずつ心を開いていく。最初は雇うことすらためらうが、いつしか後部座席で彼女の存在を気にせずセリフの稽古に没頭できるようになり、高槻と妻とのセックスや別の男がいた話までできるようになる。
やがて家福は助手席に座り、タバコに火をつける。みさきのタバコにも。ドライブしたまま、ルーフトップを開けて夜空に手を突き上げる2人。そして横並びのまま、みさきの故郷まで2000キロを超えるドライブへと旅立つ。
みさきとの旅は「何もなかったことにすることはできない」と自分自身の“罪”を受け止めるためのもの。彼女とのやりとりは魂から出た言葉で、醸成された空気には、音との間には感じられなかったものを感じた。
そんなみさきは「音には何の謎もない。ただ、そういう人だったと思うことは難しいか?」と家福に問う。家福が音の闇だと思ったものは、ただそう感じさせただけで、謎でも闇でもなかったと。
この言葉をみさきに言わせ、それによって家福が自分の心と折り合いをつける。そう見せるためだけに、“作り込まれたもの”に見える演出を音にした。そうなのかもしれない。
もしこれが正解なのだとしたら、音役を引き受けた霧島は、何とリスキーなものを背負い込んだのだろう。映画の中で、霧島の登場時間はテープに吹き込まれたセリフ以外、前半の40分にすぎない。その中で残した“爪痕”の意味。3時間弱ある本作を4回観たが、未だに正解は掴めていない。
『ドライブ・マイ・カー』TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー中 (c)2021『ドライブ・マイ・カー』製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。