カルチャー
『ナイル殺人事件』で個性的な母親役 子育てを終えて「成長期」迎えた米有名女優
公開日: / 更新日:
古今東西、女性俳優の人生といえば多彩なドラマや恋愛で彩られるというイメージがあります。そうした人生経験の数々が演技や存在感に深みをもたらすものです。米国の名俳優として知られるアネット・ベニングは、家庭と子育てを優先しながらも第一線で活躍を続けています。また、トランスジェンダーの長子に対する惜しみない賛辞など、子育ての面でも度々注目を集める存在です。そんな彼女の映画最新作は、ケネス・ブラナーが監督と主演を務める『ナイル殺人事件』。ここで個性的な母親役に抜擢された理由には、母として、そして個人としての内面を深く理解した監督の意図があったようです。映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。
◇ ◇ ◇
私生活ではハリウッド一のおしどり夫婦 話題作では過保護な母親役に
ミニスカートのボディコンシャスなスーツに、揺れる金のイヤリング。古物商に持ち込んだ宝石を偽物と見破られ、「とびきりの品物があればまたお持ちください」とあしらわれた詐欺師マイラは、「あるわ。あなたの目の前に!」と両手を広げ、にっこりと鑑定士に近づいていく。アネット・ベニングが『グリフターズ/詐欺師たち』(1990)で演じたマイラの、何とセクシーで肝が据わっていること!
ベニングは90年代、とびっきりのプロポーションと魅惑的な笑顔で、人々を虜にしてしまうヒロインを演じて一世を風靡した。少し下がった眉のせいだろうか? 鼻を中心にしたクシュッとした笑い方のせいだろうか? コケティッシュなのに庶民的な空気をまとう。それが距離感を間違えさせるのだろう。たぶん気づいた時にはもう恋に落ちている。
そんなところが買われたのだろう。『恋の掟』(1989)ではコリン・ファースを、『グリフターズ/詐欺師たち』ではジョン・キューザックを、『心の旅』(1991)ではハリソン・フォードを、『アメリカン・プレジデント』(1995)ではマイケル・ダグラスのハートを鷲掴みにした。役の上で。
いや現実でもあった。『バグジー』(1991)の撮影中に本気で恋に落ちたウォーレン・ベイティだ。ベイティとは翌年結婚し、『めぐり逢い』(1994)では夫婦でありながら、“ラブ・アフェア”を演じた。ベイティとは4人の子どもを持ち、現在もハリウッド一の仲睦まじい夫婦として知られている。
そんなアネット・ベニングに久々に“めぐり逢った”のが、先日公開されたケネス・ブラナー監督、アガサ・クリスティ原作の『ナイル殺人事件』(2022)。大富豪の娘リネット(ガル・ガドット)の新婚旅行クルーズ中に起きた連続殺人事件を、名探偵エルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー)が鮮やかに推理する。
ベニングの役は、ポアロの若き友人ブーク(トム・ベイトマン)の過保護な母親ユーフェミア役。ブラナーがクリスティ原作を同様に映画化した『オリエント急行殺人事件』(2017)では、ブークはオリエント急行の重役だったが、本作ではその職をクビになり、母のすねをかじっている設定だ。
ピラミッドの上で凧揚げする息子ブークを描いている有閑マダムという奇抜な登場だったが、しばらくベニングだとは気付かなかった。体型を隠すゆったりした服と、少し丸みを帯びた顔と髪型のせいだ。近影を見ると現在もスレンダーなまま。たぶん役作りのために増量したのだろう。