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『ナイル殺人事件』で個性的な母親役 子育てを終えて「成長期」迎えた米有名女優

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

観客の人生に与えた多大な影響 この仕事をやる意味があったと実感も

 ベニングは、これまで幾度となくお店やレストランで見知らぬ人に呼び止められ、あなたの作品がいかに自分の人生に影響を与えたか、自分の人生を肯定してくれたかを聞かされることがあったという。最初はギョッとしたが、そうした話を聞くことができてこそ、この仕事をやる意味があったと今では実感している。

 養子に出した子どもと再会した母親を演じた『愛する人』(2009)で、自我を確立しようと模索する子どもを見守るレズビアンカップルを演じた『キッズ・オールライト』(2010)、往年の大女優と駆け出しの舞台俳優の恋を演じた『リヴァプール、最後の恋』(2017)の時に、特にその感覚を味わったのだという。

2020年、スーザン・スタンバーグの「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」入りを記念するセレモニーで【写真:Getty Images】
2020年、スーザン・スタンバーグの「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」入りを記念するセレモニーで【写真:Getty Images】

 ベニングの長子はトランスジェンダーだ。14歳の時にそれを認識した息子は、現在、作家として活躍しているという。ベニングとベイティは息子に寄り添った。つもりだが、「むしろしがみついていたのかもしれない」とベニングは話す。

「子どもたちが苦しむのを親の力で防ごう、防げると思っていたのは思い上がり。結局は子どもがやることを遠くから見守る以外は何もできない」と。そして、子育てとは「いかに手放すか」なのだと。

 もちろん、法整備されたトランスジェンダーの子どもたちへの保護が後退することないよう働きかけはするものの、距離を持って見守るスタンスを貫く。『キッズ・オールライト』に出演したのは、こうした多様性のある世の中であることへの願い、そしてこの問題について観客と作品の中で対話できることを願ってのことなのだろう。

ベニングを知るブラナーだからこそのキャスティング

『ナイル殺人事件』でベニングが演じるユーフェミアは、映画オリジナルのキャラクターだ。ベニングはユーフェミアを、貴族の出身で画家として活動を始めた頃、何人かと素晴らしい恋愛を経験したと考えている。だが、その一つが彼女を深く傷つけたため、常に社会の規範から少し外れて行動するようになり、息子ブーク誕生以来、息子中心に生きてきたと。

 ベニングがこうありたいと願う母親像とは真っ向から異なる設定。しかし、これはベニングを知る監督で主演のケネス・ブラナーだからこそのキャスティングなのだろう。

主役のエルキュール・ポアロを演じるケネス・ブラナー。監督も務めている(c)2022 20th Century Studios. All rights reserved
主役のエルキュール・ポアロを演じるケネス・ブラナー。監督も務めている(c)2022 20th Century Studios. All rights reserved

 親は子に自分の人生でできなかったことを託したくなるが、人性とは自分で作り出してこそ自信を持って生きられるもの。ブラナーは、「自分が本当に尊敬する人たちと仕事をしようと決めたキャスティング」だと語っている。ベニング演じる母親が作品にどんな影響をもたらすのか? ぜひミステリを楽しむとともに確認していただきたい。

『ナイル殺人事件』 大ヒット上映中(c)2022 20th Century Studios. All rights reserved

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。