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専業主婦歴20年で離婚を選択 「継ぐために生まれてきた」蔵元の娘が語る故郷愛

著者:Hint-Pot編集部・出口 夏奈子

専業主婦から一転、創業200年以上の井上酒造を継いだ井上百合さん【写真:渡辺一城】
専業主婦から一転、創業200年以上の井上酒造を継いだ井上百合さん【写真:渡辺一城】

 若者の日本酒離れが話題に上がるようになった近年、創業218年の歴史を止めないために、大分県日田市で地酒を造り続けている酒蔵があります。さまざまな分野で活躍する女性たちにスポットライトを当て、その人生を紐解く連載「私のビハインドストーリー」。今回は日田市の蔵元の後継ぎとして生まれながらも、東京で専業主婦をしていた井上百合さんの前編です。酒造とは無縁、東京で専業主婦として家庭を守っていた井上さんが、一体なぜ家業の井上酒造をなぜ継ぐことになったのか? じっくりとお話を伺いました。

 ◇ ◇ ◇

井上酒造を継ぐはずが…東京で20年間の専業主婦生活

 豊かな自然をたたえ、観光地としても知られる大分県日田市。ここに蔵をかまえているのは、創業218年の井上酒造です。代表を務める井上百合さんは2014年、家業を継ぐためにこの地元に帰ってきました。「何となくですが、子どもの頃から後継ぎだなとは思っていました」と幼い頃を振り返ります。

「ただ、自分が後を継ぐという形ではなくて、誰かが養子に来てくれて、その人の妻として社長である夫や井上酒造をどうやって支えるかといった育てられ方でした。本当は美術が好きで美術大学に推薦が決まりかけていたのですが、親のアドバイスで家政科に進み、卒業後は福岡の会社に就職しました」

 運命の出会いは就職先の社内。しかしお互いに長男長女で、特に相手方は親戚の中で唯一の男性だったこともあり、結婚までのハードルは想像以上に高いものでした。家族間での話し合いが続き、「井上酒造を途絶えさせないこと」が最重要事項に。最終的には、3年後に夫妻で大分に戻って家業を継ぐとして結婚が決まりました。

 いったんは落ち着きましたが、運命のいたずらは続きます。結婚3年目に夫の東京への栄転が決まったのです。先代である井上さんの父に相談すると、無理やり日田に戻して後悔するといけないからと、「あと3年くらい行ってきたらいい」と快く承諾してくれました。そして気付けば東京で20年。その間に一人娘も生まれました。

「人格を育む大事な役割を担ったのだなと思いました。だから一生懸命、娘と20年間向き合って育ててきました」

 出産の際に、母としての顔も生まれた井上さん。そして一人娘の言葉が、井上さんの運命を大きく変えることになるのです。

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