仕事・人生
蔵元7代目になった元専業主婦 火災、地震、豪雨…困難に立ち向う背後には社員への愛
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コロナ禍に負けないブランディングの力 ECサイトが順調で人気に
災害の次に待っていたのは、コロナ禍でした。緊急事態宣言が発出され、にぎわっていた飲食店や観光地から再び人が消えることに。そんな苦しい状況に光を照らしたのは、井上さんがこだわったブランディングの効果でした。
「東京から帰郷して真っ先に感じたことは、ブランディングの必要性。井上家は日本銀行総裁や大蔵大臣を歴任した井上準之助(1869~1932)の生家です。遺品資料館『清渓(せいけい)文庫』を併設しており、母屋と煙突、清酒蔵が国の登録有形文化財に指定されています。また、酒造りに使っている酒米は仕込み水を田んぼに直接流し込んで作っているし、焼酎の『百助』と清酒の『角の井』が同じ蔵で造られているということも周知されていません。個々に良い素材を持っているのに……と本当に残念に思いました」
そこで井上さんは、地元で事業プロデュースを手がける「Bunbo」の江副直樹さんに相談。グラフィックデザイナーの岩下建作さんにも加わっていただき、井上酒造の「デザインプロジェクト」を立ち上げました。そうして企業ロゴに始まり、名刺や商品パンフレット、ラベル、キャップデザインなど、徐々に井上酒造の統一感が生まれます。
「念願だった『角の井』純米シリーズをリニューアルした時は大きな喜びを感じました。私が希望するのは、企業の総合プロデュース。しっかりとしたブランディングができていれば価格競争に巻き込まれることなく、お客様が自ら商品を選んでくださいます。予算が限られているので、時には補助金制度を活用しながら少しずつ進めています」
コロナ禍を受けて、飲食店ではなく自宅でお酒を楽しむ“宅飲み”の需要が増加。井上酒造も卸中心の販売戦略に加え、ECサイトを介した個人販売にも力を入れ始めました。サイトのリニューアルを行った結果、オンラインショップに県外の個人客を呼び込むことに成功し、品薄状態が続くほどの人気になったのです。
そんな風に、どんな困難も笑顔で乗り切ってきた井上さん。「から元気も元気のうち」。その意味をこう説明します。
「暗く沈んで問題が解決するならいくらでも落ち込みますが、状況が変わらないのならから元気も元気のうち。『経営者が前向きでなければ社員はついてこない』と思っています。今まで守るべきものは娘1人でしたが、今は社員とその家族にまで責任が広がりました。社員たちの人生が豊かであってほしい。一人ひとりの大切な人生を背負っているので、くじけたりしている場合ではないのです」
笑顔の裏に強い気持ちと覚悟を持った井上酒造の7代目。これからも200年以上に及ぶ歴史を紡いでいきます。
大分県日田市生まれ。大学進学を機に日田を離れ、卒業後は福岡県内の企業に就職。お見合いを重ねる中で、社内恋愛の末に結婚。3年後に家業を継ぐことが条件だったが、夫の栄転で東京に転居する。東京で専業主婦として20年間にわたり家族を支えた後、成人を迎えた一人娘の言葉で日田への帰郷を決心。社員として酒造りの現場で一から学び、現在は7代目として「井上酒造」を経営する。これまでの事業の中心だった焼酎と清酒に、自身の名前を冠した「百合仕込み」を追加すると同時に、ブランディングにも力を入れてデザインの統一を図る。帰郷後は火事や地震、豪雨、コロナ禍と度重なる困難に見舞われているが、「から元気も元気のうち」と笑顔を絶やさず前を向いて井上酒造を盛り上げている。
(Hint-Pot編集部・出口 夏奈子)