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小林聡美の出演作が記憶に残る理由とは 最新作『ツユクサ』に見える“余白に引き込む力”
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何気ない日常を表すシーンが重要シーンに 静かで雄弁な小林の演技
近年は、吉田大八監督の『紙の月』(2014)、是枝裕和監督の『海よりもまだ深く』、平山秀幸監督の『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』(2019)、吉田大八監督の『騙し絵の牙』(2021)など、「作品のキーとなる人物を安定感のある俳優に任せたい」と願う映画監督たちから続けてオファーされることが多いようだ。
最新主演作『ツユクサ』も、『閉鎖病棟 -それぞれの朝-』の時から平山監督が小林に話していた役。平山監督は「何も起こらない話。だから“演技”ではなく、そこで生きることができる小林さんがやらないと成立しない映画」なのだと言う。いや、起こらないのではなく、それぞれが喪失感を抱えるに至った事件が“起きた後”から始まる物語なのだ。
小林が演じる芙美も、喪失感を抱えながら1人で生きている。そんな芙美が、ディナーとして作った料理をきちんと皿に盛って食べるシーンがある。これは当初、何気ない日常を表すワンシーンのはずだった。しかし撮り始めると芙美は丁寧に料理を始め、何皿も使って盛り付けた。
編集まで済んでみるとスタッフが「これは芙美の気持ちが伝わってくる重要なシーン。ここには音楽をつけるべきだ」と指摘するまでになっていた。
小林は著書「東京100発ガール」で、「ひとりで食べるのならなんだっていいじゃん。ひとつの大きな皿に適当なおかずっぽいものを何種類か盛っちゃって、それとごはんでハグハグってわけである」と書いている。それに倣って言えば、たぶんそのシーンの夕飯は“1人ではなかった”ということなのだろう。平山監督は小林に、芙美としてそこ(撮影現場)で生きられる環境を用意した以外は、ほとんど演出らしい演出をしていないとも語っていた。
この1人っきりのちゃんとしたディナーのシーンは、そんな撮影事情を知らない私にもちゃんと意味を持つ場面として届いた。この静かで雄弁な小林の演技の意味がスクリーンを通して伝わった背景には、彼女の感じる生きにくさに共感できるスタッフがいるからなのだろう。
『ツユクサ』4月29日(金・祝)全国公開 配給:東京テアトル (c)2022「ツユクサ」製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。