カルチャー
広瀬すずの確実な成長 『流浪の月』で見せた“キャラクターに力を与える”演技とは
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「外見の華やかさとは裏腹に、誰にも見せない固い殻を持っている」
李監督と広瀬は『怒り』(2016)でも組んでいる。そのラストシーンを撮った後に広瀬が李監督に呼びだされ、冷静なトーンで「この映画壊す気?」と言われたのは有名な話だ。それゆえ広瀬は本作へのオファーがあった際、「私でいいんですか?」と心底驚いたという。
李監督はオファーした理由を「外見の華やかさとは裏腹に、誰にも見せない固い殻を持っているんじゃないかと思いました。何かを信頼することに慎重で、自分の弱さを見せたくない。常に前を向こうとしている。そんなシルエットが更紗と重なる気がしました」と語る。
そして「なぜ彼女がこうも人を惹きつけるのか、その謎は僕にも分かりません。この映画でまだまだ眠っていたものがこぼれ出て、本人すら気づかなかった何かが見えてくるのではないか、と常に期待感を抱かせてくれる存在です」と信頼を寄せる。
もちろん広瀬は期待に応えるべく、「もう少しはかなさを」と言われればトレーナーをつけて食事制限し、更紗の生真面目さを表現するためにホールスタッフの仕事を覚え、引き離された更紗が社会人になるまでいたであろう児童養護施設を取材した。
何かのきっかけで失った力を観客にまで取り戻させる演技
更紗と文は、まず家庭環境という階段を1つ踏み外した。それを要因として、事件の当事者になる。ここまではまだしも、2人を本当に苦しめるのは、それを時に面白半分に、時に自分が漠然と感じる恐怖を封じ込める矛先として、物理的にまたはSNS上で完膚なきまでに叩こうとする“部外者”の存在だ。
その相手に対し、「それは間違っている」と自分の口から言うのは勇気がいること。本作にそこまでの描写はないが、広瀬の成長は例えば更紗がそう口にしても違和感のない境地にまで、演じるキャラクターを導いた。
傷ついた更紗が再び文の家を訪ね、泣きながら詫びるシーンがある。子どもの頃の知恵のなさを、そして大人になった自分の登場で静かに暮らしていた文の生活を崩壊し、デジタルタトゥーを刻印させてしまったことを詫びる。
その言葉を振り絞るまでの長い“間”にこそ注目してほしい。そここそ広瀬が、文と更紗にすべてを受け入れる強さを与え、何かのきっかけで失った力を観客にまで取り戻させたと感じた瞬間なので。
『流浪の月』5月13日(金)全国ロードショー 配給:ギャガ(c)2022「流浪の月」製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。