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瀬戸内寂聴さんの“走り続けた人生” ドキュメンタリー映画が与える大いなるエネルギー

著者:関口 裕子

(c)2022「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会
(c)2022「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会

 小説やエッセイなどの著作はもちろん、僧侶としての法話でも人々を魅了し続けた瀬戸内寂聴さん。2021年11月9日、99歳での死去には多くの人が悲しみに沈みました。恋愛遍歴でも話題の人気小説家だった51歳で突然の出家。作家活動を継続しながらも、僧侶として信奉を集めていったその半生は、まさに“ドラマ”といえるかもしれません。しかしその一方で、瀬戸内さんご自身は何を思い、どのように人生を歩んでいたのでしょうか。その一片を垣間見ることができるドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』が公開されます。悩み多き現代社会、瀬戸内さんが歩んだ道からは何らかの気づきが得られることでしょう。映画ジャーナリストでご実家が寺院という関口裕子さんに解説していただきました。

 ◇ ◇ ◇

人気小説家が51歳で出家 当時は大きな話題に

 この時代、最初から熱い信仰心を持ち、その宗派の教えを深く学ぶために仏門に入ろうとする方はあまり多くないのではないか。もちろんそういう方もいるだろう。しかし、一般的なのは、家業として継がざるを得なくなった私の父のようなケースなのではないかと思う。

 しかし、きっかけはそこでも、その先は、それぞれが僧侶という立場をどうとらえるかによって変わっていく。すでに亡くなった父に対して今さらだが、父は父なりに解釈する“仏の教え”のために、そして今日を生きる人のために、持てる力を尽くしたと思う。

 そんな父が比叡山の横川へ修行に出ていた時、同じ横川では尼僧になったばかりの瀬戸内寂聴さん(2021年11月9日逝去)も修行していた。

 当時の瀬戸内さんは51歳。脂ののった人気小説家(瀬戸内晴美)の突然の出家は、詳細までは分からずとも、子どもでも知っているような大きなニュースだった。ただ前述の通り“特殊な立場”の私は、「なぜ家がお寺でもないのにわざわざお坊さんになったのか?」が解せなかった。俄然、瀬戸内さんへの興味は高まった。

テレビドキュメンタリーの演出家が追った17年間

 今年5月15日に100歳になるはずだった瀬戸内さん。その生誕100年を記念してドキュメンタリー映画『瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと』が公開される。監督はテレビドキュメンタリーの演出家、中村裕。彼は2004年に「情熱大陸」(MBS 毎日放送)の取材で瀬戸内さんと知り合い、以後、17年もの間、近くでカメラを回し続けた。

(c)2022「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会
(c)2022「瀬戸内寂聴 99年生きて思うこと」製作委員会

 ドキュメンタリー映画では、中村監督と対話する形で瀬戸内さんの日常、執筆風景、そして月1回行われていた法話の様子などを見ることができる。法話にはさまざまな悩みを抱えた人々が参加し、瀬戸内さんに向けて悔やんでいることや相談したいことを告解のように話す。

 ある日、その中の1人が「いろいろあって尼さんになりたい」のだと相談する。すると瀬戸内さんは言下に否定した。「やめなさい。尼さんになんてなるもんじゃない。その覚悟があれば何でもできます」と。

 相談者は小さく「はい」と返事をし、泣き崩れた。たぶん彼女が欲しかったのは、張り詰めた心をゆるませるこの「やめなさい」の言葉だったのだろう。

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