カルチャー
日本人俳優が感じた「これぞハリウッド」な瞬間とは 苦節10年で世界的な話題作に出演
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トム・クルーズ主演の『マグノリア』やアダム・サンドラー主演の『パンチドランク・ラブ』などで知られ、“天才”とも呼ばれるポール・トーマス・アンダーソン監督の最新作『リコリス・ピザ』。第94回米アカデミー賞で作品賞など3部門にノミネートされたこの作品に、日本人俳優の安生(あんじょう)めぐみさんが出演しています。2011年の夏に米国へ拠点を移し、この作品で念願のハリウッドデビューを果たしました。「ずっと米国で活動したいと思っていた」という安生さんですが、10年かけてどのように扉を開いたのか、日本人俳優の目から見たハリウッドや現地での生活をじっくり語っていただきました。聞き手は映画ジャーナリストの関口裕子さんです。
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自分のトレーラーがあったことに感激 当日の衣装変更も
――第94回アカデミー賞に3部門ノミネートされた『リコリス・ピザ』。オーディションはどんな感じだったのでしょうか?
これ以前のオーディションではキャスティングディレクターと会うことが多かったのですが、新型コロナウイルスの影響でできなくなり、デモリール(実際の演技を収録した映像)を自宅で撮って送る形になりました。こだわって何度も作り直し、たくさんできたものの、どれが良いか選ぶのも大変で(笑)。送ってから1か月後に合格のご連絡をいただきました。
――ポール・トーマス・アンダーソン監督と最初に会ったのは?
撮影の直前です。衣装合わせの時も、撮影した写真を送るのみで監督はいらっしゃらず、衣装さんとヘアメイクさんが、何パターンか作り、送った写真を基に監督が決めました。
――日本の場合、衣装合わせの時に、監督と俳優が作品の方向性のすり合わせをすることが多いようですが、その手の話はいつ行ったのですか?
役に関しては事前にメールや電話などでありました。衣装は4パターンくらい送って、最終的にベージュの70年代風のワンピースと、髪型はフワフワなカーリーでと決まったのですが、当日変更になったんです。リハーサルも終わっていざ撮影という時に、アンダーソン監督が「めぐみ、ちょっと衣装変えてもらえるかな」と言い出して。驚きと同時に、贅沢だなとも思いました。撮影のセッティングが終わった段階での突然の衣装替えですから。その時間を惜しまないほど役にこだわりがあるのはうれしかったです。
――『リコリス・ピザ』は、答えのない恋に落ちた25歳のカメラマンアシスタントの女性アラナ(アラナ・ハイム)と、商売っ気のある15歳の子役の少年ゲイリー(クーパー・ホフマン)の物語。安生さんが演じたのは、彼らが商売の相談を持ちかける日本食レストラン「ミカド」の経営者、ジェローム・フリックの2番目の妻キミコでした。アンダーソン監督の演出はいかがでしたか?
アンダーソン監督作品にはいつも、パンチの効いた独特のキャラクターが登場します。そういうキャラクターの作り出し方が面白いなと。
キミコはレストラン経営者の妻で、米国で生きる芯のある女性だと思ったので、私はオーディションでは完成した作品のような冷たい表情ではなく主張は強めに、でも時に笑顔を見せながら演じました。本番もいろいろなパターンを用意しましたが、いくつかの演じてみた後に「アラナから目を離さない、というのを演ってみてくれる?」と言われたんです。
「どうして目を離さないのか?」と考え、何か強く言いたげな表情のまま、とにかく目を離さないようにしました。最終的に「広告だけチラッと見るというのをやってほしい」と言われ、それをきっかけにアラナとクーパーがしゃべり出す形に。初対面の人に怒るキミコは、ちょっと怖いですけど面白いなと思いました。その感じがちょっとハマったみたいで、カットがかかった後、アラナやクーパー、監督も笑っていました。
――「これぞハリウッド」と思ったことは?
自分のトレーラー(自動車タイプの控室)があったことですかね(笑)。トレーラーにはやっぱり憧れていたので。
――舞台になったのは1973年の米ロサンゼルスのサンフェルナンド・バレー。ここはアンダーソン監督やアラナ・ハイムら多くのアーティストが住み、スタジオが集まるエンターテインメントの町であり、今は安生さんもお住まいですよね。このエリアの魅力を教えてください。
ロサンゼルスでも自然があり、朗らかな人たちが多い町。映画の町でもあるので、その雰囲気がそのまま作品に投影され、アンダーソン監督のサンフェルナンド・バレーへの愛が感じられる映画になっていると思います。