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二宮和也主演『ラーゲリより愛を込めて』 妻役の北川景子に胸が揺さぶられる理由とは

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

自然な美しさにあふれる“おかあちゃん”の顔

 一方、モジミが家財や豆腐を売って路銀を作り、義理の妹夫婦、姑、4人の子どもたちを連れて、日本への帰途についたのは1946年9月。守らなければならない者はいるが、頼れる人はいない。すべて自身で采配したのだろう。当初、身を寄せたのは島根県隠岐島の実家だった。

 かつての小作人小屋に子どもたちと住み、魚やドブロクの行商で生計を立てる。1947年にやっと以前、教べんをとっていた小学校で教諭の職を得る。そして長男の松江高校進学に合わせて、松江の小学校に転勤。義弟の家に預けていた姑も引き取り、6人での生活を始める。

(c)2022映画『ラーゲリより愛を込めて』製作委員会 (c)1989 清水香子
(c)2022映画『ラーゲリより愛を込めて』製作委員会 (c)1989 清水香子

 旧家育ちのモジミがリアカーを引いて魚を行商するのは、たぶんとても大変であったろう。特にものを売っているのだと呼びかける、独特な第一声が出るまではつらかったのではないか。

 でも、子どもたちとともに魚を売る北川の“おかあちゃん”な顔は、近年観たどの作品とも異なる自然な美しさにあふれていた。別れ際の「子どもたちをよろしくお願いします」という夫の言葉。モジミの気力の源はこの約束だったのだろうと理解した北川の演技だった。

 そんなモジミのいる松江へ、山本からはがきが届く。離れ離れになって7年目の1952年。しかもその消印は思いもよらないシベリア。うれしさと戸惑いがないまぜになった気持ちを北川は、父からのはがきを何よりも心待ちにしていた子どもたちに伝える言葉が出てこない、という演技で伝えた。

時間の経過に合わせ動く心 全体像を正確にとらえた北川の演技

 2016年に結婚し、子どももいる北川だが、母親役のイメージはあまりない。間もなくスタートするNHK大河ドラマ「どうする家康」(2023)のお市の方は分からないが、どちらかというと北川のイメージはできるやり手な女性。

 最近では、臨床心理士(『ファーストラヴ』2021)や編集者(「リコカツ」2021・TBS)、天才不動産営業マン(「家売るオンナ」シリーズ・日本テレビ)、法科大学院の講師を務める裁判官(「女神の教室~リーガル青春白書~」2023・フジテレビ系)など、物事を主体となって進めていく人物が似合う。

 そこでハタと気づく。母親ではあるが、モジミも物事を主体的に進めていく人物ではなかったかと。9歳だった息子が大学に入学するまでの長きにわたり、モジミは働き、住む家を得て、子どもたちを育て、進学させる。その判断をモジミは1人で行ってきたのだ。

 実際の山本は“教育は一生の財産。借金をしてでも子どもたちを進学させてほしい”と言っていたという。子どもたちを託されたモジミはその後、東京大学に進学した長男をはじめ、子どもたちの教育のために借金をして埼玉県大宮に引っ越し、ろう学校へ転勤する。映画に出てくる最後の山本家は埼玉県という設定だ。

 タイトルに〈ラーゲリ〉と入っているくらいなので、描かれるのは圧倒的に収容所でのエピソードが多い。子どもたちを育てながら、夫の帰りを待つモジミの決断や行動は詳細に描かれない。それでも輪郭もはっきりと伝わってくるのは、少ない登場シーンながら、モジミの心の動きの全体像を、北川が恐ろしく正確にコントロールできていたからではないか。

 多くの人が北川は本来、完璧主義者だと証言する。台本も1週間前には完璧に暗記しているのだとか。そのためには効率重視で物事を考えてきたが、子育てをするようになって以降、そう考えるのを止めたのだという。確かに子ども自身に1からやらせようとすると効率的に動くのは難しい。何を重視すべきか考え、北川は自分に完璧を求めるのを止めたという。

 だが、演技においてこんな風に、演じるキャラクターの心理的時間経過を絶妙に把握する能力を見せつけられると、果たして本当に完璧主義を止められたのか疑問に思う。たぶんいったん仕事モードに入ると、自分が納得するまで止められない性分なのではないか。