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仕事・人生

飲食業界未経験からオーナーシェフに抜擢された28歳女性 運を引き寄せた熱意と行動力

公開日:  /  更新日:

著者:河野 正

専門的な知識はなく料理の世界へ スーシェフまで上り詰める

「ONZORO」時代の早川さん【写真提供:早川歌輪】
「ONZORO」時代の早川さん【写真提供:早川歌輪】

 料理に関する専門的な知識はなかった早川さんですが、ビストロとレストランの中間に位置するフランス料理店「ONZORO」の正社員となり、料理への飽くなき情熱と不断の努力を重ねました。その結果、スーシェフと呼ばれる副料理長にまで栄達したのです。

 板前とは和食の料理人のことですが、板前になるまでには追い回し、八寸場、揚げ場、焼き場、蒸し場、刺し場という長く厳しい修行が待っています。早川さんも、技術や知識を習得するのに“親方”の厳しい指導はなかったのでしょうか。

「修業時代に鍋が飛んできたことはありません。シェフ自身が若い頃に厳しくされたので、自分は優しく接するという考えの人でした。つらいと感じたことは一度もなく、むしろ私がやりたいことを尊重してくれたので、もっとおいしいものを提供したいという思いが常にあり、そこへの努力は惜しまなかったです。料理の本は毎日読んでいたし、休日は必ず本屋さんに行ってレシピ本などを読み漁りました」

 調理師専門学校などに通った経験がなく、その部分に限っては人より遅れているとの認識があっただけに、努力は当然と受け入れていたといいます。

「それに加えて、“負けたくない”という気持ちがすごく強かったですね。専門学校に行っていない気後れもありませんでした。今、オーナーシェフになって思うのですが、料理ができても接客ができないとお店は成り立ちません。両立できる人ってけっこう少ないし、私はそこについては長けている自信がありましたから」

 さらなるキャリアアップを目指した早川さんは、7年間働いた「ONZORO」を退社。昨年5月に上京したのち、気になっていた都内のフレンチやビストロを食べ歩きました。

 そのなかでも日本の証券街、兜町にある無国籍料理店「CAVEMAN」の魅力に惹かれたといいます。料理もさることながら、オープンキッチンに加え、キッチンとホールのスタッフがお客さんと会話している光景が印象的で、すぐさま履歴書を渡して調理担当の正社員に採用されました。

「キッチンの人がお客様としゃべることってあまりないので、一体感がとても素敵だなって感じたんです」

2年間限定レストランのオーナーシェフに抜擢 熱意と誠意が実を結ぶ

腕を磨く早川さん【写真提供:早川歌輪】
腕を磨く早川さん【写真提供:早川歌輪】

 そして今年6月、早川さんにとって大きな転機が訪れました。

 神田神保町のシェア型レストランのオーナーシェフを募る告知を、インスタグラムで目にしたのです。

 このシェア型レストランは、コの字カウンターわずか10席。ビルのオーナーが内装工事や厨房設備など店舗営業に必要な設備投資をあらかじめ実施し、設備投資費用の捻出が難しい有望な若手シェフに、2年間限定で店舗を賃貸物件として提供するといいます。しかも、売り上げに対する歩合制でテナント料を支払う仕組み。初期投資を軽減しつつ自分の店を持つことができるという募集に、独立を考えていた早川さんは立候補します。

 レストランのプロデューサーは、大阪市内でフレンチレストランを営むオーナーシェフで、サッカー元日本代表の本田圭佑選手の専属シェフも務めた船岡勇太さん。集まった約30人の候補者のなかには有名レストランの若手シェフもいましたが、船岡シェフは早い時点で早川さんを第一候補に挙げたといいます。

「すぐにでもお会いしたいです」

 圧倒的な熱意と誠意が実を結び、唯一、試食会に進む権利を勝ち取った早川さん。船岡シェフの大きな期待のもと、オーナーシェフに抜擢されました。