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震災をきっかけに始まった高知県でのワインづくり 異業種の農薬メーカーが世界で認められる味になるまで

公開日:  /  更新日:

著者:芳賀 宏

震災をきっかけに、本気で始まったワインづくり

のいち醸造所の所長で醸造責任者の梶原英正さん【写真:芳賀宏】
のいち醸造所の所長で醸造責任者の梶原英正さん【写真:芳賀宏】

 梶原さんはもともと、井上石灰工業で「ICボルドー液」の営業を担当していました。

「山梨県や長野県の生産者のところに出向いて、使用法を教えたり、意見を聞いたりして、製品の向上に取り組んできました」

 ワインに関わる仕事ではあったものの、ブドウを作る農家と薬剤を扱う営業では、やはり別の世界です。きっかけは2011年の東日本大震災でした。いろいろな価値観が揺らぎ、何か新しいことを生み出せないか? 高知県で何かできることはないか? 会社として新しく挑むことになったのは、ブドウ栽培に欠かせない薬剤を製造していただけでなく、高知県もフランスのワイン名産地であるボルドーやブルゴーニュと同じ、石灰質の土壌だったという背景があったからです。

「営業で回っていたときに『自分たちでワインをやってみたらどう?』と言われたんです」

 偶然、日本の大手ワイン製造会社に所属していた技術顧問がいたこともあり、まずは畑の開拓、そして醸造、ワイナリー建設と、話が次々に進んでいったそうです。井上孝志社長とともに他県のワイン醸造所などをめぐって、研究を開始します。梶原さんは社長命を受けて、2018年から井上ワイナリーに出向という形で、本格的にワインづくりへ身を投じていきました。

地域と一体でのワインづくりが進行中【写真:芳賀宏】
地域と一体でのワインづくりが進行中【写真:芳賀宏】

 実は、高知県の気候は、必ずしもワインブドウの栽培に適しているわけではありませんでした。水はけの良さはあるものの、気温が高く、降水量も多いことは好条件といえません。

 もちろん順風満帆にはいかず、農地はあっても、ブドウ畑を作るノウハウがありません。当初、ブドウはヨーロッパ系品種を中心に、仕立ても垣根を作る形にしたものの、思い描いた通りに生育してくれませんでした。それでも、営業でつながっていたツテを頼りに「この土地らしく、この土地に合ったワインを作ろう」と試行錯誤。ブドウの品種に日本のものを加えたほか、仕立ても棚にすることで雨に当たることを防げるようになっていったのだそうです。

 現在、ワイナリーを囲むように県内6か所の自社畑をかまえ、さらに地元の香南市の協力で、5年以内に耕作放棄地約4ヘクタールを増やす計画が進んでいます。

 畑のひとつ「香北」では、地元の老人クラブのみなさんが生産に携わっています。「みなさんの協力なしにはできませんが、楽しんで作業をしてもらっています。なかには『おじいちゃんが作ったブドウでできたワインと、孫が言ってくれるのがうれしいんです』と、喜ばれる高齢者の方もいます」と梶原さん。地域と一体になったワインづくりが進行中です。