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震災をきっかけに始まった高知県でのワインづくり 異業種の農薬メーカーが世界で認められる味になるまで

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著者:芳賀 宏

“高知らしさ”を追求する、唯一無二のワインを目指して

高知県の地元素材を使ったワインも【写真:芳賀宏】
高知県の地元素材を使ったワインも【写真:芳賀宏】

 こうして、ワインブドウの生育に欠かせない薬剤を作る会社は、自らワインを製造するようになりました。日本ワインコンクールなどでの受賞をはじめ、今年3月にはフランス・ブルゴーニュで開催された、女性審査員による「第19回フェミナリーズ世界ワインコンクール2025」に出品し、赤ワイン部門で「TOSA手結」が金賞、白ワイン部門で「正光園シャルドネ」が銀賞を受賞。ワインの本場でも評価されるようになってきました。

 井上ワイナリーには、平日は地元の人が、週末はレンタカーでわざわざ訪ねてくる観光のお客さんが増えているそう。それでも梶原さんは「賞をいただいてから、県外でも知られるようになったとは思います。ただ、我々は高知県の会社です。“足るを知る”というのでしょうか、足元をしっかり固めてやっていきたいと考えています」と話します。

 たくさん売ることが目的ではなく、あくまで「高知県らしいワインを作る」という、ワイン事業を始めたときのコンセプトを守り抜く決意を強くしているそうです。もちろん、テイストにもこだわりがあります。

「高知県は日本酒も有名で、キリッとした辛口の酒が多いんです。我々が目指すのも、たとえばカツオのたたきに合うといった前菜に合わせるイメージというか、高知県のおいしいものに合う、キレのある高知県らしいワイン。そんな立ち位置を明確にしていきたいと思っています」

 実際に、味覚センサーを使って自社ワインと食材の相性を測定し、ECサイトではそれぞれの商品案内で「藁焼きカツオの塩タタキ」「高知産野菜のバーニャカウダ」「土佐あかうし」といった地元食材とのペアリングを提案するなど、ユニークな取り組みをしています。

 近年は「ワインツーリズム」という言葉も生まれ、製造現場やワイナリーをめぐる観光も広がっています。井上ワイナリーもまた、地域の振興や畑での雇用を生み出しながら、高知県ならではのワイン文化を育んでいるのです。高知県らしさを大切にするその歩みは、これからもゆっくりと、確かに続いていきます。

(芳賀 宏)