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仕事・人生

残暑厳しい日に突然発症した脳梗塞 40代で失語症になった戯曲翻訳家が味わった絶望と過酷なリハビリ

公開日:  /  更新日:

著者:Miki D'Angelo Yamashita

目が覚めたら病院、「ここはどこ、私は誰?」

 そんな充実した仕事漬けの日々を送っていた2013年9月2日の午後。体に異変が起こります。残暑厳しい日でした。

「正座をしているときに起きるような足の痺れが、突然、全身にワーッと襲ってきたんです。何これ、とパニック状態。家族に電話したら、救急車を呼んでくれたのですが、オートロックの建物だったので、救急隊が中に入れない。私はそのときすでに意識不明で、ドアを開けられない状態でした。あとから聞いたら、外から7階まで昇って窓ガラスを割って部屋に入って外に運んでくれたそうです」

 目が覚めると病院でした。「ここはどこ、私は誰?」という状態で、体の右側が麻痺していて動けない。記憶がない。脳梗塞でした。「名前はわかりますか」と聞かれても「名前」という概念がわからなかったそうです。

「両親は昔の人だから、脳梗塞は、高齢者の病気だという認識があり、『そんなに若いのに体が不自由になるなんて、死んだほうが良かった』と言われて。心が折れました」

 しかも、戯曲の仕事を何十年も続けてきたので、『言葉を失う』ということは、自分が住んでいる世界の空気がなくなり、呼吸を失うような感覚でした」

辛いリハビリ 絵が描いてあるカードを見ても名前が出てこない

 そんななか、辛いリハビリが始まります。「リハビリテーション」とは、急性期、回復期、慢性期と大きくわかれます。約1か月の急性期の病院でのリハビリは、記憶喪失になっていたときで、まったく覚えていないそうです。

 回復期のリハビリは約3か月。最もショックを受けたのは、ひらがなやカタカナを忘れてしまって書けないことでした。

「50音が書いてある表に『あいうえお』から『ん』まで、『アイウエオ』から『ン』まで、鉛筆でなぞって毎日練習したのですが、正しく書けないことが情けなくて涙が出ました」

 カードに描かれている1つの絵の単語の名前を当てるリハビリも行いました。単語はなんとか言えるようになりましたが、状況が描かれているカードを見て説明する、という一段階上のリハビリとなると混乱してしまったそうです。

 たとえば、「親子が焚火をしている。父と息子と娘、そばに猫がいる。季節は冬。娘はマフラーをしている……」など頭の中では、どんな情景が描かれているかわかっているのに、口から出てきませんでした。

「言語聴覚士が読む、ごく短い文章を復唱することもできませんでした。記憶障害もあるため、3秒経ったらもう忘れてしまいます。小学生レベルの足し算もできなかったので、簡単な計算ドリルで毎日練習しました」

 入院中は、毎日1時間、言語聴覚士とこのような訓練をしたほか、自分では毎日、朝日新聞の「天声人語」を意味もわからないままひたすら音読し、書き写しました。

「急性期と回復期にあたる4か月の入院期間、必死で訓練しましたが、あまり効果は感じられませんでした。言いたいことはあるのに、脳に靄がかかっていて口から言葉になって出てこない……。それが失語症です」

 退院後の慢性期は、退院してから再び日常生活ができるように一生続くもの。脳梗塞の再発予防のためにも、日常生活でしっかりとリハビリを行うことが重要です。

 石原さんの右手は麻痺してしまい、左手に杖を持つ生活になりました。利き手の右手が動かないため、箸を持つ、歯を磨く、ペンを持つ、両手を使う買い物、掃除や化粧、パソコン、ドライヤー、コンタクト使用など、左手のみでできるよう毎日少しずつ訓練を積みました。慣れるまでには1年以上かかり、その間不自由な生活が続いたそうです。

 また、転ばないように、麻痺している右足に装具をつけて歩く訓練も過酷でした。

「横断歩道を歩き始めるとすぐに信号が赤に変わってしまうので、緊張して余計に足が動かなくなったことがたびたびありました」

 退院直後には親しいと思っていた友人たちや夫も去ってしまい、子どももいない石原さんは、「天涯孤独な障がい者」として、この世でただ一人という感覚に陥ったそうです。

 さらにうつ病、引きこもりで、ますます誰とも話さなくなり口の中の筋肉も衰え、失語症は悪化していきます。「もう私という人間は終わった……」と思った時、ふと「演劇に近い朗読を練習したら、また喋れるようになるのではないか?」とひらめいたのです。

 インタビュー2回目は、そんな絶望の淵から立ち直り、以前の経験を生かして失語症の人たちのリハビリに役立つ「朗読」プログラムを考案、広めていった過程を追います。

(Miki D’Angelo Yamashita)

Miki D’Angelo Yamashita

コロンビア大学大学院国際政治学修士、パリ政治学院欧州政治学修士。新聞社にて、新聞記者、雑誌編集記者、書籍編集として勤務。外信部、ニューヨーク支局、パリ支局、文化部、書籍編集部、週刊誌にて、国際情勢、文化一般を取材執筆。