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仕事・人生

40代で脳梗塞、失語症の後遺症を乗り越えて 戯曲翻訳家が仲間と掴んだ朗読による言葉の再生

公開日:  /  更新日:

著者:Miki D'Angelo Yamashita

「音読」ではなく、演じる「朗読」を言語回復に

 この教室を始めた背景には、石原さんの3つの思いがありました。1つめは、朗読の練習によって、自身の言葉が確かに改善したこと。2つめは、戯曲翻訳家としての経験をいかし、失語症の方の言葉改善をサポートできること。そして3つめは、同じ当事者として、ただの「指導者」ではなく「仲間」として寄り添えることです。

 朗読は、ただ文字を音にするだけではありません。「誰かに向かって」「自分の想いを込めて」「声に乗せて届ける」こと。こうした過程の中で、「感情」や「間」や「表情」など、コミュニケーションに必要な要素が自然と育っていくのです。

 教室では、同じような悩みを抱える仲間たちと、台詞を読み、演じ、聴き合うなかで、少しずつ言葉を取り戻し、自然と「絆」が生まれていきます。「孤独ではない」という感覚を、石原さん自身も持てるようになったといいます。

朗読劇を上演するなど社会へ発信

「朗読劇」というエンターテインメントを通してわかりやすく、失語症が抱える問題を社会に提起したいと思うようになった石原さんは、「一般社団法人ことばアートの会」を設立。朗読教室や朗読劇を通して、失語症の方の言語回復をサポートする活動を、さらに積極的に行っています。数多くの失語症当事者を朗読演者として舞台にも導いているそう。楽しく前向きな生活を取り戻してほしい思いがあるといいます。

「失語症は、ある日突然、誰にでも起こり得ます。失語症者だけの課題ではなく、『わたしたち全員』の問題として考えるきっかけにできれば」と石原さん。「失語症とともに生きる」とは、完治を目指す「闘い」ではなく、不自由さを否定せず「受け入れ」、自分なりの表現方法を「再構築」していくことだと説明します。

 2025年9月7日には、東京都北区の北とぴあ・つつじホールにて、石原さんが脚本・演出を手がけた朗読劇『言葉のラビリンス≪迷宮≫』が上演されます。文学座の俳優2人と朗読教室の生徒4人による群像劇です。

「職業、家庭環境、年齢や性別も違う当事者の声を聞き取り、言語聴覚士の声も加えて、失語症を発症した人々のためにロールモデルとして社会に発信していきたいですね」

 また石原さんのリハビリ方法を知った言語聴覚士からは「リハビリの訓練で音読だけではなく、演劇の朗読を取り入れたい」との要望があり、2026年には「言語聴覚士向け朗読講座」を開講する予定です。

(Miki D’Angelo Yamashita)

Miki D’Angelo Yamashita

コロンビア大学大学院国際政治学修士、パリ政治学院欧州政治学修士。新聞社にて、新聞記者、雑誌編集記者、書籍編集として勤務。外信部、ニューヨーク支局、パリ支局、文化部、書籍編集部、週刊誌にて、国際情勢、文化一般を取材執筆。