仕事・人生
「叶わないことって、あるんだ」 元娘役・春風ひとみさんが初めて知った挫折の味 不合格のショックに母と“迷子”になった日
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インタビュアー:竹山 マユミ

子役時代から数えて舞台生活は60年以上、65歳を迎えた今もなお、圧倒的なバイタリティで輝き続ける女性がいます。自分らしい「今」を輝かせ続ける宝塚歌劇団OGをクローズアップする連載「華麗なる決断力~きらめきの続き~」。今回は、元月組娘役のレジェンド、春風ひとみさんにスポットを当てます。宝塚の舞台で唯一無二の包容力を発揮したその素顔は、鰹節問屋に生まれた江戸っ子気質あふれる「下町の星」。第1回は、音楽学校受験をめぐり、自らの無知ゆえに招いた失敗と、人生で初めて突きつけられた「拒絶」という洗礼に迫ります。宝塚をこよなく愛するフリーアナウンサー・竹山マユミさんが話を伺いました。
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住所も書かずに願書を…無知が招いた人生初の挫折
東京の鰹節問屋に生まれ、幼少期から子役として活動していた春風さん。表現することへの渇望は、15歳で「劇団に入りたい」という強い願望に変わります。ネットもスマホもない時代。自らの無知ゆえに招いたある失敗が、波乱の幕開けとなりました。
竹山マユミさん(以下、竹山):春風さんは元々、子役として2歳から活躍されていたそうですね。そこから宝塚の世界へ進まれたのは、どのようなきっかけだったのでしょうか?
春風ひとみさん(以下、春風):実は、宝塚に入りたくて始めたわけではないんです。15歳の頃、とにかく「歌いたい、お芝居がしたい」という願望が募って、新劇の劇団の願書を取りに行ったら「18歳以上じゃないとダメ」と言われてしまって。親戚のお姉ちゃんに「宝塚なら15歳から入れるよ」と教えられたのが始まりでした。
竹山:その頃は宝塚について調べるのも大変だったのではないですか?
春風:もう、無知もいいところでしたよ(笑)。「宝塚は大阪だ!」と思い込んで、自分で現金書留に持っていたお金を入れて、住所も書かずに「大阪 宝塚音楽学校」宛てで出したんです。そうしたら、郵便局員さんがなんとか届けてくれたみたいで。でも、戻ってきた書類には「この住所では届きません」と赤文字で書かれていました。それで親に受験がバレてしまったんです。
竹山:情熱に突き動かされた行動なのがよくわかるエピソードですね。ご両親はどのような反応でしたか?
春風:父も母も「せめて短大までは」という時代でしたから、最初は反対していました。でも最終的には、学校の成績を上げることを条件に許してくれたんです。ところが、いざ受けてみたら……落ちたんです、最初は。
