仕事・人生
「私が親を守らなければ」 聴覚障害の親を持つCODA女性 幼い頃に傷ついた周囲の言葉
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心に刺さった「かわいそう」という言葉と周囲の偏見
両親が大好きだったからこそ、心に刺さったのは心ない周囲の言動でした。咲羅さんは小学生の頃から周囲の人に、「親があんなんだから、あんたがしっかりしなさい」「親の面倒を見て偉いね」と言われるようになったそうです。
「何度も言われるうちに、『私がしっかりしなければならない』と、自分を追い込むようになりました」
家族で飲食店へ行ったときには、手話で会話をする自分たちを物珍しそうに眺める視線や、「あそこの家族、手で話している」「かわいそう」という言葉に傷つきました。
「子どもに『見たらだめ』というような仕草をする親もいました。私は『かわいそう』という言葉が一番、心に刺さりました。その言葉を言われるたびに、自分たち家族が見下されているように感じました」

また、親戚の差別的な発言も幼い心をえぐったそうです。母親は手話を第一言語として育ったため、文章を書くとき、日本語の助詞「てにをは」の使い方に悩むことがありました。
母親が一生懸命書いた文章を見た親戚は、「意味がわからない」と笑い、さらに無意識に声が出る父親の真似をしたのです。
「ただ聞こえないだけなのに、どうして笑われたり見下されたりするのだろうと子どもながらに疑問でした」
こうした経験が重なるにつれ、人前で手話を使うことにも抵抗を感じるようになりました。
「私も変な目で見られたり、からかわれたりするのではないか」
そんな思いも頭をよぎるようになったといいます。
「相手に悪気があったのかは分かりませんが、両親を否定されているように感じ、とても悲しく悔しい気持ちになりました。また、子どもが親を支えるのが当たり前と思われているようにも感じました。そういう悩みは誰にも相談できず、ひとりで抱え込むしかありませんでした」
周囲からの差別や偏見に傷つきながらも、必死に親を守りながら生きてきた咲羅さん。後編では、そんな彼女が自分を労われるようになったきっかけや現在の暮らしについてうかがいました。
(古川 諭香)