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「目が見えないことは不幸ではありません」 事故で視覚障害を負ったプロサッカー選手 35歳でJリーグ復帰 支えてくれた人への恩返しと新たな夢
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突然の事故によって選手生命の危機に直面した、プロサッカー選手の松本光平さん(37歳)。2020年、自主トレーニング中に両目を負傷し、右目が失明し、左目は弱視(ロービジョン)と呼ばれる状態になりました。それでもJリーグ移籍の夢を諦めることなく、過酷なリハビリを経て、34歳で再びプロの舞台に立ちました。現在も挑戦を続ける松本さんを支えているものとは、いったいなんなのでしょうか。詳しいお話を伺いました。
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過酷なリハビリと恥を捨てての練習で掴んだチーム契約
海外のクラブでプレーし、Jリーグ移籍を目指していた松本さん。2020年5月、ニュージーランドで自主トレーニング中に、ゴムチューブを固定していた金具がはずれ、右目に直撃する事故に見舞われました。左目にも跳ね返ったチューブが当たり、一時は眼球摘出の可能性も告げられましたが、日本で手術を受け、目を残すことができました。
しかし、右目は失明し、左目には弱視(ロービジョン)と呼ばれる視覚障害が残ります。退院後に待ち受けていたのは、過酷なリハビリの日々でした。
距離感が掴めず、歩こうとすると転倒。乗り物酔いのような、激しいめまいや吐き気にも襲われました。
それでも、松本さんは再びFIFAクラブワールドカップの舞台に立つことを目標に、努力を続けます。当時、同大会は毎年12月に開催されており、事故から約半年後に次の大会が予定されていました。歩けるようになると、ジョギングやカーブを走る、階段の上り下り、ボールを使っての練習など段階を踏み、トレーニングの強度を上げていきます。

また、主婦なども含めた一般の人たちが参加するフットサル教室にも、足を運びました。プロとしての経験にとらわれず、ボールを止める、蹴るといった基本的な動作から練習を重ねたのです。
「そこで恥をかくことより、復帰の舞台で恥をかくほうが嫌だったので、できることはなんでもやろうと思って。自分のポジションは、右サイドを攻守する右サイドバック。左目が見えているなら、十分に戦える確信がありました」
その後は中学生、高校生、大学生、社会人と、さまざまな年代のサッカーチームの練習にも参加。コロナ禍の影響でFIFAクラブワールドカップが2か月延期され、2021年2月に開催されることになったときも「練習時間を増やせる」とポジティブにとらえ、トレーニングに励みました。

そうした地道な努力により、ニュージーランドのチームと契約を結ぶことができました。ところが、現地の新型コロナウイルス感染防止規則により、チームはFIFAクラブワールドカップへの出場を辞退。さらに、政府による入国規制により、松本さんは一度もチームに合流できないまま、契約満了を迎えました。
