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カルチャー

女性だからとマイナスに感じたことはない 映画美術監督・部谷京子の「わたし流」

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

“女性だから”とマイナスに感じたことはなかった

――部谷さんが映画界で仕事を始めた頃は、女性の美術監督はおろか、女性スタッフも少なかったと思います。圧倒的に男性の方が多い職場で「#MeToo運動」の芽もない時代。もどかしさを感じたことなどありませんでしたか?

「女性として」という意味ではないです。私個人が「まだまだだ」と感じることはありましたが。

 1回だけ「あなたはうちの社風と違う」とはっきり言われたことがありました(笑)。もしかすると「女性だから」という含みもあったかもしれませんが、その時は私自身の問題として解決しました。その方に会う度に思い出した一言ではありましたが(笑)。

――強いなあ。何かあっても仕事とは関係ない些末なことと、分けて考えていらっしゃったのでしょうか。

 昔、NHKの深夜に近い映画番組で女性の映画スタッフの特集をやりたいと声をかけていただいたことがありました。たぶん私がとがっていたからでしょう(笑)、「そういうくくりに私を入れてほしくない」と断りました。同様な企画はすべて。“女性だから”とマイナスに感じたことはありませんでしたし。今回も「女性向けで」とお話をいただきましたので当時なら断ったかもしれません。でも今は逆に「面白いじゃない」と思えるんですよね。

部谷さんが作った現場を見た吉永小百合さん「受け取りました」

――そんな部谷さんにとって“映画美術”とはなんですか?

 昔は「セットを作る。セットを飾り込む」、「舞台背景や空間を作る」ことだと考えていました。でも今は「作品を作る」ことと同義なのかなと思っています。“美術”のことだけでいうと100%の力を発揮することも、80%や60%のこともあります。でも自分がいる意味はそれだけではないように感じるんです。「その作品の美術をやりました」というより、「その作品に参加しました」という意識の方が強いというか。

――昔と比べて、向き合い方も変わった?

 河瀬直美監督の『あん』(2015)の時に、樹木希林さんが演じた吉井徳江さんの部屋を作ったんです。その前に河瀬監督と希林さんと私の3人で、どんな部屋なのか話し合う時間があったんですが、希林さんは「私はもう部屋に何もないから、徳江さんもいらないのでは」とおっしゃり、その時は具体的な話し合いにならなかったんですけど、私はその時間を共有したことで徳江さんの部屋を作るスタートが切れたと感じました。

 結果としてはたくさん飾ったんですが、希林さんは何も変えずにそのまま撮影に臨まれました。あの部屋は私が作ったものではありますが、役の人物が生きる場を代わりに作っただけ。『ヤクザと家族』の時も、私は綾野剛さん演じる賢治の居場所を代わりに作った。だからその場所の本来の主人である“賢治”が初めて入った時にはものすごく緊張しました。監督やカメラマンに見せる以上に。

――その作品に参加した、世界を共有したという意味ですか?

 吉永小百合さん主演の『北の零年』(2005)では、吉永さん演じる志乃が手がけた牧場を作りました。吉永さんはせっかちで、いつもすごく早く現場に入られます。その日も早く入られて、原木で作った牧場の柵の内側を、手を後ろに組んで小一時間かけてゆっくり歩かれたんです。

 皆、無言でそれを見守っていましたが、1周した後で私のところへ来て「これが志乃の牧場ですね。受け取りました」とおっしゃった。作ったのは私や大道具さんではありますが、「吉永さんもずっと参加してくれていたんだな」と感じ、これで「引き渡せた」という気持ちになりました。スタッフ・キャストが1つになれた瞬間というんでしょうかね。

――最後にこれを読まれる方に一言。

 いろいろあっても、何があっても、自分を信じて、自分を愛して、突き進んでいく、生き抜くということをしてほしいと思います。

◇部谷京子(へや・きょうこ)
広島県広島市生まれ。武蔵野美術大学造形学部卒業。学生時代より円谷プロダクションで美術助手を務める。卒業後、日米合作「将軍 SHOGUN」(1980)をはじめ、ポール・シュレイダー監督、鈴木清順監督、吉田喜重監督、深作欣二監督、黒澤明監督作品に参加。1992年に周防正行監督『シコふんじゃった。』で美術監督デビュー後、相米慎二監督、滝田洋二郎監督、河瀬直美監督、行定勲監督、岩井俊二監督ほか多くの作品に参加。近作は藤井道人監督『宇宙でいちばんあかるい屋根』『ヤクザと家族 The Family』。公開待機作には金子雅和監督『リング・ワンダリング』、藤井監督のネットフリックス版「新聞記者」がある。
【受賞・受章歴】日本アカデミー賞最優秀美術賞受賞『Shall we ダンス?』(1996)、『それでもボクはやってない』(2006)、毎日映画コンクール美術賞『天地明察』(2012)。2016年11月紫綬褒章、2020年第77回中国文化賞受賞。

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。