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手を抜かずに生きる富司純子75歳 私物の着物で出演した『椿の庭』に見る究極の美しさ

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

富司が脚本完成前に出演を決めた『椿の庭』 その理由とは

(c)2020“A Garden of Camellias”Film Partners
(c)2020“A Garden of Camellias”Film Partners

 富司にしか演じられない役という意味では、映画最新作『椿の庭』の絹子もそうだ。本作はアーティスト・広告写真家として第一線で活躍する上田義彦氏の初監督作。上田監督は「富司さんに断られたら映画を撮るのをやめようかと思った」と語っている。

 本作は、撮影も担当した上田監督のカメラが“雄弁”というか、セリフは少ないながらも“饒舌”な映画だ。最近夫を亡くした絹子(富司純子)は、韓国へ駆け落ちした亡き娘の忘れ形見である孫の渚(シム・ウンギョン)と、海の見える高台の古い家に住んでいる。

 さまざまに反射する緑を色濃く閉じ込めた庭の木々や縁側、居間、台所、レコードプレーヤー、茶碗、テーブル、ガラス戸、タンスなどに差し込む光が、かつてここで暮らした人々の“生の軌跡”を浮き上がらせる。加えて、カメラは絹子と渚が“すでに失われた人々”と対話しながら暮らしていることを印象付ける。

 日常セリフと生活だけでそれを醸してみせる富司とシムが見事だ。かつて生命力にあふれていた場所だからこそ、失われた時のインパクトが大きいのだと上田監督は言う。監督は1年かけて、それらをできる限り自然光で写し取った。

 本来、家とは活気と空虚が繰り返されて継続していく場所だが、絹子と渚が暮らすこの家は間もなく永遠に失われようとしている。一律に適応される相続税によって。

 富司純子は、脚本の前段階のものを読んで出演することを決めた。まだ見ぬ“家”の映像が浮かんだのだそう。実際、撮影に使った古民家は想像以上だったようで、「石畳が敷かれた正面の佇まいや庭の風情、台所もモダンで、部屋にも私の好きなものがたくさん飾ってあって居心地が良かった。『こんな素敵なところに絹子さんが住んでいたんだ』とすんなり受け止めて演じられた」と言っている。