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カルチャー

手を抜かずに生きる富司純子75歳 私物の着物で出演した『椿の庭』に見る究極の美しさ

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

人生で思うようにならなかったものへの愛と諦観を巧みに表現

(c)2020“A Garden of Camellias”Film Partners
(c)2020“A Garden of Camellias”Film Partners

 そんな家の売却を迫られ、阻止すべく絹子はムキになってあがく。だが、止めることは難しい。奔走しつつ、何かを悟っていく絹子の様子には、富司が人生で得たもの、得ようとしたもの、思うようにならなかったものへの愛と諦観が込められているように感じた。

 これまで富司は、役に自身を重ねたことなどなかったのではないか。これまでも富司は、観客に伝えるべきものを余さず届けるために、培ってきた芝居の極意――自然な呼吸と絶妙な間合いを駆使して作品に貢献してきた。それが名演と評価され、数々の映画賞を受賞してきたわけだが、今回は何か違う。作品の中に、いや“家”にありのまま存在するという、かつてない試みで挑んだとでもいうように。

 上田監督は、更地になった家を見かけ、その言いようのない喪失感から本作の創作を始めたと語っている。写真や小説ではなく映画にしたのは、「映画は移ろいゆく時間を観せることができる媒体だから」。

 富司は、その移ろいゆく時間を描く被写体の1つとして存在してみようと共犯者となった。そんな気がした。

 家や人など物理的に存在するものから伝統芸能や人の気持ちなど無形なものまで、富司は本当に必要なものや伝えていくべきもの、本物と出会い、向き合ってきた。現代を生きる我々にとって、何よりも大切だと思われるものだ。

 富司はそれをこの作品の中で表現しようと思ったのではないか。まるですべてのものをそぎ落として、最高のもてなしを提示してみせた千利休のように。

歳を重ねてなお美しく、手を抜かずに生きてきたことが伝わる姿

(c)2020“A Garden of Camellias”Film Partners
(c)2020“A Garden of Camellias”Film Partners

 富司が役に臨むにあたり欠かさなかったのは、朝の体操だったという。「背筋が伸びていないと歳を取って見えてしまう」と。私物を提供したという衣装の着物も素晴らしい。お歳を召してなお一つひとつが美しく、手を抜かずに生きてきたことが映画から伝わってくる。

「この映画は私のベスト・ワン」と富司は語っている。今後これ以上の作品に出会えないのではないかと。だから着物や小道具、そして演技など細部まで、富司は思いを込めた。結果、映像情報過多で1度の鑑賞では受け止め切れない部分も多い。

 その分、何度観ても発見があり、美しく、そして楽しい。「映画だ!」と思う。絹子の庭で、雨粒が満たした手水鉢の近くに、雨に打たれて落ちただろう椿の花。その庭を見守る絹子と渚。「人間は咲く花と同じ。弱い存在だが美しい」と上田監督が言うように、このシーン1つにもさまざまな意味を見出し、翻弄されてしまう。

 

『椿の庭』4月9日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー(c)2020“A Garden of Camellias”Film Partners

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。