インタビュー

JOC最年少20代理事へ 高橋成美さんが語る“失敗を失敗ととらえない”生き方

著者:坂本 俊夫

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高橋成美さん【写真:山口比佐夫】
高橋成美さん【写真:山口比佐夫】

 2012年世界選手権銅メダル、2014年ソチ五輪日本代表、全日本選手権6連覇など、フィギュアスケートのペア選手として長年世界を魅了してきた高橋成美さん。現役引退後は役者として新たな人生をスタートさせた。夢は芸能を究め、作品の中でなくてはならない個性的な役者になること。日本オリンピック委員会(JOC)史上初の「20代理事」にも“内定”した高橋さんに、これまでの人生やどのような思いでエンターテイメントの世界に入ろうと考えたのかを語ってもらった。

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「真央ちゃんみたいな天才には勝てない」 中国滞在が転機に

 ペアスケーティングの魅力はパートナーがいて、一緒に頑張れること。それに、シングルではできない大技ができた時のエキサイティングな気分がすばらしいですね。引退した今はこの興奮が恋しくて、遊園地のジェットコースターに乗ったりするんです。あのフワッとした感覚が似ていて、ペアの懐かしい感じが味わえます。

 また、たとえば縁石のような、幅の狭いところを歩く感覚も似ています。低ければ何でもないですが、高いと歩けなくなりますよね。それを克服する時の感覚も同じようなものです。そういうところがあるとつい歩きます。

 私がスケートを始めたのは3歳の時。浅田真央ちゃんとは同世代で、私も最初はシングルスケーターでしたが、将来競うかもしれないと考えた時に「真央ちゃんみたいな天才には勝てないだろうなぁ」と思った記憶があります。

 9歳の時、父の仕事の関係で北京に。日本スケート連盟の方が「日本からシングルの子が行くので練習させてください」と仲介してくださり、中国選手の中で練習をしていました。

 当時、中国はペア大国と言われていました。私はそこで世界トップクラスの選手のプレーを目の当たりにして、「かっこいい、私もやりたい」とペアに魅せられてしまったんです。そして12歳、小学6年生の時に中国人のパートナーと組んでペアを始めました。

 そうして中国の国内大会に出場していたのですが、中学生になると国籍の問題に直面。「中国国籍を取るのならいいが、日本国籍の選手にはこれ以上教えられない」というのです。仕方がないことなのかもしれませんが、悲しかったですね。