インタビュー

日本の子どもたちはなぜ義手を使わないのか? 東大病院医師が語るその理由

著者:Hint-Pot編集部・佐藤 直子

タグ: , ,

ハビリスジャパンの活動に共感する美馬アンナさん【写真:荒川祐史】
ハビリスジャパンの活動に共感する美馬アンナさん【写真:荒川祐史】

対談シリーズ第5回 東京大学医学部附属病院医師・藤原清香さんに聞く義手が持つ可能性

 2019年に先天性上肢形成不全のため右手首から先がなく生まれた男の子「ミニっち」の母であり、女優・タレントとして活躍する美馬アンナさん。出産当初は絶望したこともあったといいますが、今では母としての愛情をたっぷり注ぎながら育児に励む毎日を過ごします。

 その一方で、プロ野球の千葉ロッテマリーンズで活躍する美馬学(みま・まなぶ)投手を夫に持つことから、野球やスポーツを生かした健常者と障害者をつなぐきっかけ作りや、障害を持つ子どもの家族が意見交換や情報共有できる場作りを模索。障害について理解を深めるため、さまざまなジャンルの方との対談を通じ、学びを得ています。

 今回の対談シリーズでは、東京大学医学部附属病院リハビリテーション科の医師であり、一般社団法人ハビリスジャパンの理事でもある藤原清香さんが登場。今回の後編では、運動用義手が持つ可能性やハビリスジャパン設立の思いなどについて話していただきました。

 ◇ ◇ ◇

手指がない子どもたちに本当に必要なものは何か…藤原さんがカナダで得た学び

司会:藤原さんは留学先のカナダで、日本の子どもたちにも義手があった方がいいのではないかという思いを強くされたそうですね。

藤原:はい。夫の仕事の関係で行くことになったトロントに、50年前から小児用義手について専門的に取り組んできた世界有数の小児病院があり、そこで日本でもまだ導入が広がっていない筋電義手について学ぶことにしました。

 すると、受け入れ先の責任者の方が「筋電義手はもちろんだけど、従来の義手についてもちゃんと学んでほしい」と留学プログラムを組み立ててくださった。当時の私は「筋電義手だけでいいのに」と思いましたが、実はそこには大事な意味が込められていたんです。

アンナ:大事な意味、ですか?

藤原:「手指がない子どもたちに本当に必要なものは何か」ということです。必要なのものは義手ではなく、「義手を使いたい」と思う気持ちなんですね。子どもと義手について50年以上も取り組んできた施設だからこそ、本当に必要なものは何かを分かっていて、私の軌道修正をしてくれた。すごく感謝しています。そこでの経験を踏まえて、筋電義手とともに日本でも絶対に採り入れたいと思ったのが運動用義手でした。

 留学中のある日、病院で担当者が片手のない6歳の女の子にマット運動用と雲梯(うんてい)用の義手を渡したら、うれしそうにマットの上で側転をしたりブリッジをしたり、義手に体重をかける運動をすごい勢いで始めたんです。その時に見せた動きとうれしそうな表情、そしてお母さんが「この子がしっかり腕を地に着けて、体重をかけながら、こんなにうれしそうに運動している姿を見たのは初めてだわ!」と喜ぶ姿がすごく印象的で。

 私自身、学生時代は体操競技をしていたので、その子がそれまでうまくできなかったマット運動を義手のおかげでサッとできるようになった様子には、本当に感動しました。

友達と同じスタートラインに立ち、チャレンジできる環境を作るための義手

アンナ:子どもの楽しそうな姿を見られると、本当にうれしくなりますよね。運動用義手があることは、カナダに行くまでご存じなかったんですか?

藤原:日本では見たことがありませんでした。運動用義手を知った頃、カナダに行く直前に知り合ったご家族のお母さんが「(前腕切断の)子どもが跳び箱や鉄棒ができないと悩んでいます」とSNSに投稿なさったんです。それを見て「カナダの子どもたちは運動用義手を使っていましたよ」と書き込んだら、「えっそれは!」と担当の医師に相談して早速作ったそうなんです。

 すると、跳び箱がうまく跳べないと悩んでいた子が、半年ほどで跳べるようになった。すごくうれしそうに跳ぶ姿を動画で見て、「そうだよね」とカナダで思っていました(笑)。

 子どもにとって何かができた時の喜びは大きい。しかも、文部科学省の学習指導要領で器械運動は「できる」「できない」がはっきりした運動なので、技を身につける楽しさや喜びを味わうことができるようにすることが大切、と書いてある。だけど、手指がない子どもたちにとっては、手で体重を支える難しさや慣れのなさが、やりにくさとして前面に立ってしまうプログラムなんですね。

 子どもたちがありのままの自分を受け入れていたとしても、跳び箱をする時にうまくできるかという点で、他者と達成度合いの違いに気付いて「あれ? 何かやりにくい」となってしまう。子どもたちは社会の中でいろいろな形で違いを認識しているとは思いますが、学校で小学校低学年の子どもたちが「この手のせいで跳び箱や鉄棒ができないんだ」と直面する場面があるなんてつらいですよね。

アンナ:それは本当につらいです。何とかしてあげたいと思いますよね。

藤原:チャレンジするスタートラインにすら立てなかったり、ハードルが格段に高かったりするわけです。でも、運動用の義手があれば、うまくできるかできないかはともかく、友達と同じようにチャレンジできる環境は整う。

 まずは、子どもが自分の手をネガティブにとらえないことが大事なんじゃないかと思っています。手指がないから挑戦できないのと、義手があるけどうまくできないのでは、少し意味が違いますよね。少なくとも友達と同じスタートラインに立ち、チャレンジできる環境が必要だと感じています。

アンナ:うちの息子はまだ1歳半ですが、これから人との違いに気付いたり、できないことに直面したりすると思います。今は公園で少し年上の子どもに「何で手がないの?」と聞かれても、私が「生まれつきなんだよ」と答えることができるし、息子自身は保育園でもまだ違いに気付いていません。

 ただ、これから大きくなって、親の目が届かないところで違いに直面し、息子がどんな思いをするのか考えたらとにかく不安になりますね。常に監視カメラをつけておきたいくらいです(笑)。その時、親として五体満足な体に生んであげられなかった申し訳なさが、また改めて出てくるんだろうなと思います。

 実は以前、義手という選択肢を考えていませんでした。むしろ「義手がなくても生きていけるように育てたい」と思っていたくらいです。ただ、主人が野球選手ということもありトレーナーさんとお話しした時、「手先がない方の腕を使わないと体のバランスが悪く成長して、怪我をしやすくなるかもしれない。できるだけ両手を使う努力をさせた方がいいし、そのためには義手が必要かもしれない」とアドバイスをいただいたんです。

 体のねじれや背骨の弯曲、それが原因となった偏頭痛などの体調不良が少なくなるかもしれない。そこで義手を考え始めたのですが、いつから始めた方がいいのか、本当に必要なのか、すごく悩んでいます。鉄棒ができないとか、何かが少しやりにくいとか、そういう息子のストレスを軽減する武器として義手という選択肢を与えてあげられるのだとしたら、前向きに考える必要があるなと。