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日本の子どもたちはなぜ義手を使わないのか? 東大病院医師が語るその理由

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部・佐藤 直子

医師としての熱い思い「防ぐことができる成長障害があるなら防いであげたい」

医師としての熱い思いを明かした一般社団法人ハビリスジャパン理事の藤原さん【写真:荒川祐史】
医師としての熱い思いを明かした一般社団法人ハビリスジャパン理事の藤原さん【写真:荒川祐史】

藤原:今、おっしゃっていたことは、まさに私が調べていることです。日本には先天的に手がない子どもたちに対して、積極的に義手を処方しなかった歴史があります。1950~60年代にドイツや日本などで使用された「サリドマイド」という妊婦のつわり止め薬による影響で、手の障害がある子どもたちが生まれる薬害が発生しました。その頃、日本でも電動義手の開発研究が進みましたが、当時の技術ではまだ義手が重くて、子どもたちがなかなか使わない。

結局、「義手が使いにくく受け入れられないのであれば、自然のままの手を活用しましょう」と、日本では子どもたちに対する義手適用の第一選択が「義手なし」になったそうです。それ以来、日本の医師の多くが先天性上肢形成不全の子どもたちには義手はいらないという認識になり、今でも恐らく、ほとんどの医療機関で「何でもできるようになるから大丈夫。義手はいりませんよ」と、受診すると声をかけられるのではないかと思います。

アンナ:言われました(笑)。障害者手帳を申請するために医師の診断が必要で行った大きな病院で「片手ね。片手だったら大丈夫。何でもできるから心配ないよ」と軽い感じで言われました。

藤原:想像できます。確かにその通りではあるんですけど……(苦笑)。

アンナ:その時は生まれて間もなくだったし、まだ自分を責めていたので「片手ね」と言われたことがショックで。たぶん、先生としては励ますつもりだったのでしょうが、その時の私は「え? 片手がないんだよ? その言い方どういうこと?」と、言葉の重さにズーンと沈んだまま病院を後にしたのを覚えています。だから、義手の説明もまったく受けていません。

藤原:日本では、義手の研究を行うなど頑張っていた先生方がいたものの、40年近くも医療における義手に対する認識が変わらず、子ども用義手はまったく普及しませんでした。兵庫県立リハビリテーション中央病院が先駆的で、15年ほど前から小児用筋電義手に取り組んでいますが、ここが唯一の存在でした。その後、東京大学医学部附属病院でも芳賀信彦教授(当時)が四肢形成不全の子どもたちに向けた専門外来を立ち上げ、私が主に上肢を担当することになったんです。

帰国して8年ほどになりますが、カナダで目にした手のない子どもたちへの対応は、現地で長年蓄積された歴史もあり本当に貴重でした。子どもには筋電義手だけではなく、いろいろな道具が必要。そして、片手しかなくても何でもできるけれど、何かをしたいという目的がある時、義手があった方がもっと効率良くできるかもしれない。「だったら使ってもいいのでは?」というのが私の義手の位置付けです。

アンナ:なるほど。なくてもいいけど、必要な時の選択肢としてある。そんな感じなんですね。

藤原:先ほど、成長する過程でバランスが悪くなるという話をなさっていましたが、その傾向はあると思います。パラスポーツ選手も診察していますが、先天性上肢形成不全がある腕の骨などに成長障害が起きていることがあります。前腕切断の場合、肘より上は異常がないのに上腕骨が短かったり筋肉が薄かったり。

骨には成長線という軟骨部分があって、体重がかかったり刺激を受けたりすると成長すると言われています。なので、腕を使う機会が減ってしまうと刺激が少ないので成長しづらい。これを成長障害と呼びます。そういう意味でも、積極的に使ってほしいと思います。

私は医師の立場から、防げる成長障害があるなら防いであげられないかと考えています。ただ成長障害がなぜ起こるのか、どのくらい起こるのか、データが少なく詳しくは分かっていません。しっかり調べて、予防する手段や治療法はないのかを探っていきたいと思います。恐らく美馬さんも「義手が医学的に必要です」とは言われていませんよね。

アンナ:はい、言われていません。

藤原:なぜなら、エビデンスがないからなんです。でも、私が義手を使う子どもたちを見ていて思うのは、義手を使うといいこともありそう、ということ。それを医学的に実証できないかというのが、私のライフワークでもあります。子どもたちのために何かしてあげたいと思って病院にいらっしゃるご家族に「義手を使えば成長障害がある程度は予防できます」とはっきりお伝えできれば、迷わないですよね。