からだ・美容
ノーベル賞は“遠い世界の話”にあらず 身近な商品に応用されているTRPチャネルとは
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「TRPチャネルの仕組みを何らかの形で社会に還元したい」という思い
さて、この「温度・触覚の受容体の発見」には、その研究過程に大きく関わった日本人研究者が存在します。医学博士で生理学研究所(愛知県岡崎市)の富永真琴教授です。富永教授がジュリアス教授の研究チームとしてこの研究に携わったのは、カリフォルニア大学に留学していた当時。今回の受賞対象となった論文にも、共同著者として名前が記されています。
マンダムは富永教授とともに、安全な化粧品製造を目指す共同研究を進めています。高石さんによると、それが始まったきっかけはヘアカラー商品に対するユーザーの声でした。
「ユーザーの方から『使った後にピリピリする』と不快を訴える声が届いたのです。これを受け、弊社では原因究明と改善に努めました。『髪に色を入れるために多少の痛みは仕方がない』という考えはユーザーの気持ちに応えていませんから」
研究をスタートさせた当時、富永教授の研究を知っていた社員が「コンタクトを取ってみては」と提案。富永教授にも「TRPチャネルの仕組みを何らかの形で社会に還元したい」という思いがあり、共同研究に発展しました。
「富永教授との研究により、ヘアカラーの使用時に炎症が起こっていなくても痛みを感じるのは、ある成分が痛みを察知するTRPチャネルに作用しているからだと分かりました。しかし、その成分はヘアカラーに必須。そこで、TRPチャネルの“反応を鈍くする成分”を新たに配合し、不快さの軽減に成功したんです」
TRPチャネルには多数の種類があり、反応する対象はそれぞれ異なります。ヘアカラー商品の場合は、ある成分Aがもたらす化学刺激に、それを感知する特定のチャネルAが反応していたということ。そこで、チャネルAの活性化を抑える成分Bを追加することで“痛み”の反応が弱くなったというわけです。
ちなみに、TRPチャネルは人間のほとんどの細胞にいずれかの種類が存在しているそう。また、反応するのは「メントール」や「カプサイシン」などの化学物質と温度です。となると、どのチャネルがどの成分に反応するかが分かれば、化粧品などは開発時から刺激や痛みが発生する可能性をあらかじめ低減できるということ?
「その通りです。また、実際に使用するテストがほぼ不要になるため、感覚刺激に関する動物実験代替法として応用ができます。弊社はすでに、TRPチャネル技術を用いた試験法を確立しました」
ただし、チャネルの種類や反応を起こす化学物質などは、すべて判明したわけではないそうです。まだまだ先の長い研究ですが、謎が解き明かされるごとに多種多様な商品が開発されていきそうですね。