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安定の秘書職から紆余曲折…ヒット作連発の女性監督 独自視線作った個性的すぎる経歴
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「失恋めし」で描かれる“とにかくゆるいユートピアのような”世界
大九監督の作品には、包み隠さず自分であろうとする人物にエールを贈る優しい視点がある。一番滑稽なところをさらけ出すのは、たぶん失恋した時。その分傷も深くなるが、痛みを癒やすものは時間の他にない。だから気をそらすことができるおいしいごはんやオフビートな笑いにすがりたくなる。
「失恋を解決するものは、時しかありませんよね。でもその渦中にいると分かっていてもつらさが勝ってしまう。だから本当においしいものを食べて、物理的に命をつないでほしい」
そうした意識もあって、「失恋めし」では生々しい失恋の痛みや苦しさをなるべく排除しているという。確かに、架空の町に住む漫画家のミキと、タウン誌を発行するSTO企画の人々が作り出すのは、とにかくやさしいユートピアのような世界だ。
「ミキは『失恋しても食べて元気になろう!』という漫画を描いていますが、本当に失恋を体験したらきっと俯瞰ではいられないはず。むしろ失恋という言葉がしっぺ返しのように立ちはだかるだろうと、ミキを演じた広瀬アリスさんとどう表現するか相談しました。失恋を経験したら、俯瞰で居続けるというのは難しいですもんね。それを、こみ上げた感情が時間をかけてポロッとこぼれるシーンとして撮らせてもらいました。ゆるく楽しんでいただけたらうれしいです」
早めの手当や方向転換が大切になる出来事もある。うまくいかなかったことを、やってみたかったことでリカバーしてきた大九監督の生き方も、参考になるだろう。そして失恋の傷にも早めの手当を。そんな時に有効なのは、やはりまずはおいしいごはんやオフビートな笑いなのかもしれない。
「失恋めし」Amazonプライム・ビデオで独占配信中・読売テレビで2022年7月放送予定
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。